2020.12.16
取材・文/学生記者 石井伊蕗(法3)
「研究者として、人として、いろいろなことを吸収して成長したい」と話す須賀さん
中央大学研究開発機構の池田富樹教授の研究室に所属する中央大学大学院理工学研究科応用化学専攻の須賀郁美さん(修士1年)が2月、最先端科学の未来像となるべき研究を紹介するTBSテレビの番組「未来の起源~若き研究者たちの挑戦~」に出演し、日々取り組んでいる光運動材料に関する研究に真伨に向き合う姿が放送された。
2月9日の放送からしばらくして後楽園キャンパスへ取材に訪れると、須賀さんは「私の研究対象は身の回りにあふれているプラスチックや繊維などの高分子材料。人の生活を豊かにできる研究、開発に今後も取り組んでいきたい」と意欲的に話してくれた。
「光だけで思い通りに操ります。私は光で動くプラスチックという研究をやっています」
「未来の起源」の冒頭、画面に映し出された当時理工学部4年の須賀さんはそう言葉を発した。続いて、紫外光を当てると形状が変化していき、可視光だけを当てると元の形状に
戻る金色のプラスチックの映像が流れた。
光を当てるだけで物が自由自在に動く。熱や電気などのエネルギーを供給する必要もない。そんな材料があればどんなに便利だろうか。
池田教授の研究室では、まさにその研究が行われている。この材料は「光運動材料」と呼ばれ、私たちの身の回りにあるようなプラスチックでできた素材である。光を照射すると伸縮や屈曲、螺旋(らせん)のような複雑な動きを起こす。このプラスチックは、光に反応するアゾベンゼン(染料の一種)という分子と液晶分子でできている。
再び、「未来の起源」。ナレーションが流れる。
「須賀さんはアゾベンゼンと組み合わせる液晶分子を工夫することで、紫外光に瞬時に反応させることを可能としたのです。金属では難しい動きも可能なので、柔らかいロボットの開発に役立つと期待されています。
池田教授はこの光運動材料の研究の第一人者である。研究室として世界で初めて発見し、光プラスチックモーターを実現した。今後、実用化が期待されるものとして、光駆動ソフトロボットアーム、人工筋肉などが挙げられる。光を当てるだけで自由自在に物を動かせ、プラスチックは金属と違って軽量のため、柔軟な動きや光の外部刺激による遠隔操作に可能性が広がる。
偏光顕微鏡をのぞき込みながら試行錯誤は続く
「アゾベンゼンと組み合わせる液晶分子の構造を高機能化して、これまでより、良いものを見つけてほしい」。研究室の門をたたいた昨年4月、池田教授から伝えられた言葉が須賀さんの研究テーマとなった。偏光顕微鏡や光照射装置という素人には聞き慣れない実験器具と向き合いながら、液晶分子をめぐり試行錯誤を繰り返す。
液晶分子のコア(核)となる部分の分子には、二重結合の「芳香環」、単結合の「シクロヘキサン環」と呼ばれる構造体がある。「アゾベンゼン+芳香環」の組み合わせがこれまでの主流だったが、研究をもう一歩、先へ進めようと、須賀さんはシクロヘキサン環を使ってみた。
すると、シクロヘキサン環も芳香環と同じように複雑な動きを可能とし、従来は高温でしか動かせなかったプラスチックが、この組み合わせでは冷蔵庫のような低温状態や宇宙空間のように極限状態の環境でも柔軟に動かせる可能性があることを突き止めた。実用化できれば、無重力空間で動けるロボット開発など応用範囲は広がる。
理工学部4年生への進級時、池田研究室を志望した決め手は、研究室の動画だった。もちろん光運動材料の研究を紹介する内容で、「光を当てて動くプラスチックって、いったい何?」と単純に興味がわいた。それまでに出席したことがある高分子の授業の印象と違い、動画の池田教授はおちゃめな雰囲気を醸し出し、楽しそうな研究室だとも感じたという。
研究に行き詰まったときなどは、池田教授や宇部達准教授、研究室の先輩のアドバイスや手助けが頼りになる。また、メンバー間の週間報告では、この1週間、どのような研究をしたかを文字通り報告し合う。
研究が思うように進まず、報告事項のない週もあるのではないか。そう疑問をぶつけると、須賀さんは「良いことだけが報告ではなく、失敗も報告なんです。失敗したので、次はこうしてみるという報告も重要」と話した。
成功だけでなく失敗も大事に思う姿勢が、研究の新たな可能性を切り開くことにもつながっているのだろうと思った。ほかのメンバーの報告で、自分の研究への新たなアプローチやアイデアが生まれたり、研究のヒントをもらえたりして、刺激になるそうだ。
「未来の起源」のラストシーン。ナレーションで「研究の原動力」を尋ねられた須賀さん。
「同時期に研究を始めた友人たちです。つらいときとか、研究が思うようにいかず、あきらめそうになっても、彼らの姿が励みになっています。自分も負けていられないなと思わせてくれます」
「研究室での1年で、とても成長できた」と振り返る須賀さんはこの春、中央大学大学院に進学し、研究に没頭する充実した日々を送っている。「研究者として、人として、いろいろなことを吸収して成長し、社会で活躍したい」と将来のビジョンを描いている。
光異性化?協同現象? 須賀さんは難解なサイエンス用語もかみ砕いて説明してくれた
光が照射されるとプラスチックはどういう原理で動くのか。
光運動材料は、アゾベンゼンと、高分子化された液晶が混ぜ合わされた物質である。アゾベンゼンと液晶分子のそれぞれが持つ性質が複雑な動きを起こす鍵となる。
アゾベンゼンは紫外線を当てられると、通常は一定方向に並んでいる分子がぐにゃっと曲がる構造に変わり、可視光を当てるとそれが元に戻る性質がある。このように光の照射で変わる性質を「光異性化」という。
一方で、液晶分子には分子の動きを材料全体に広める「協同現象」という性質がある。駒が次々に連鎖して倒れるドミノ倒しを想像してほしい。物質を構成する1つの分子が何らかの刺激で性質が変わると、ドミノ倒しのように分子全体の性質が変わる。これが協同現象である。
この2つの性質を組み合わせると、ミクロな動きである光異性化を協同現象によってマクロな動きにすることが可能になるのだ。
取材を担当した学生記者の石井伊蕗さん(左)と須賀郁美さん
千葉市立千葉高校卒。中央大学理工学部(応用化学専攻)を3月に卒業し、中央大学大学院理工学研究科に進学。TBSテレビ「未来の起源」の映像は、クールで知的な印象を与えた。
この記事を読んでいただいている皆さんも、「研究に一生懸命の知的な女性」という印象を受けているかもしれない。もちろんそうなのだが、実際に取材した須賀さんはインタビュー中も笑顔を絶やさず、楽しそうに自分の研究について語った。
「緊張したつもりはなかった」というテレビ出演だが、家族や研究室のメンバーからは「表情がいつもと違って硬かった」と指摘され、「もっと笑顔を出せばよかった」とはにかみながら教えてくれた。
スポーツが好きで、家族全員が巨人ファン。後楽園キャンパスの隣の東京ドームで野球観戦を楽しむこともある。小中学校時代では水泳で地元の大会に出場、高校では硬式テニス部に所属していたという。
池田富樹教授
指導を担当する池田富樹教授に、研究者としての須賀さんについて尋ねると、「いろいろと何でもやってみようという姿勢が良い。サイエンス向きです」と褒め、「教科書通りでは新しいことは生まれない。科学の発展にはそうした姿勢が必要で、彼女のような学生を多く育てたい」と評価した。
テレビ出演については「もっと緊張するかと思ったが、物おじせずにしっかり話せていた」と、“合格点”を与えた。「個性を生かしながら、研究者となって世の中にとって良いものを生み出してほしい」と将来に期待していた。
池田研究室では、「協同現象を利用した新しい高分子光機能材料の創出」を研究対象としている。2020年度は池田教授、宇部達准教授が、須賀さんを含む大学院生4人、理工学部の学部生4人の指導を担当する。