2025.03.28
「中大の文学部って専攻がたくさんあるから1つの学部でさまざまな分野を学べるのか、楽しそう。私にぴったりかも」と高校3年生の私は感じ、ここで学びたいと実感したことを今でも覚えています。好奇心が旺盛な性格で、何でもやってみようという考えの私は、大学は地元から出て多くのことを吸収し、将来は学んだことを還元して地元で働きたいと当時はぼんやりと考えていました。
卒業を迎えた今、当時の自分が思い描いた道のりが実現していることにとても喜びを感じています。大学生活は文字通り瞬く間に過ぎてしまいました。中でも私は天田城介教授のゼミで学んだことが強く心に残っています。
3年生の夏には熊本へゼミ合宿に行き、国立ハンセン病療養所菊池恵楓園や慈恵病院の「こうのとりのゆりかご(赤ちゃんポスト)」を見学し、熊本日日新聞記者の話の聴講、熊本市シルバー人材センターの会員へのインタビューなど盛りだくさんな3日間を過ごしました。自分の知見になかった考え方や生き方に触れることで、なぜそう考えるのかと人間の思考についてもっと知りたいと興味がわきました。
そこで私は卒業論文の執筆に際し、「人間の考え方」をテーマとし、人間が思考を形成していく背景と社会関係、他者との関わりの中で抱いた新たな感情に関してまとめようと考えました。
天田教授からの助言をいただき、染色体異常の病気であり、予後が短いという特徴から治療は施されない「18トリソミー」という病気を私は知り、この病気をもって生まれた女の子を育てるご夫妻にインタビューしました。2人の承諾を得て、卒業論文では実名で表記しました。
ご夫妻は18トリソミーという病気を全く悲観しておらず、落ち込んだり思い悩んだりもしていませんでした。私は、苦しんだ思いが忘却され、記憶が上書きされてしまったのではないかと考察し、誕生から時間の経過に沿って感情を探るようにインタビューしてみたものの、私の考察が遠く及ばないほどに両親は前向きに考えていました。
ご夫妻は「当たり前に生きる3人家族」として歩んでおり、「いろいろな思い、悩みを経験している」というのは、私の思い込んでいた障害者家族の姿にほかならなかったのです。「娘が楽しそうに生きているからそれでいい」「病気を障害と捉えるか否かはその人の考え方次第で決まる」というご夫妻の考え方に感銘を受けました。私の問いかけにも真摯に明るく答えてくださったことに深く感謝しています。
社会学を専攻し、他者のさまざまな考え方を受容できるようになり、人間の関わり合いを学ぶことができました。多様な考えを自らに取り込み、人として成長できました。天田ゼミの学びで、「ここでしかできない出会いと経験」をいくつもさせていただいたと強く感じています。中央大学で学びの機会を与えてくれた私の両親には感謝の気持ちでいっぱいです。
〈中大ミニQ&A〉
多摩キャンパス、過ごしやすかった4年間
軟式野球部で3年生の夏に日本一を経験
Q 中央大学ってどんな大学でしたか
影原風音さん さまざまなコミュニティーで活躍している人がたくさんいて、私も何かを頑張ってみようと刺激を受けました。静岡県から上京し、自然が豊かな多摩キャンパスは落ち着いた環境で、過ごしやすい4年間でした。
Q 一番お世話になったと感じる人へのメッセージを教えてください
影原さん 3、4年生のゼミの担当教授である天田城介先生に大変お世話になりました。先生のもとで学んだ多くのことを忘れず、社会に生きる一員として活躍したいと思います。今まで本当にありがとうございました。
Q ほかの卒業生にメッセージをお願いします
影原さん ゼミ同期のみんな、今まで本当にお世話になりました。またいつか集まって、みんなが見ている景色について語り合いたいです! 軟式野球部同期のみんな、たくさんの思い出をありがとう! 3年生の夏に日本一のチームとなり、一生忘れられない思い出となりました。
Q もう一度、中大1年生に戻れるとしたら、どんな活動をして、どんな4年間を過ごしたいですか
影原さん 私が入学した頃はまだコロナ禍で、サークル活動も規制のある中で動いていた記憶があります。ペデストリアンデッキでいろいろなサークルが新歓で明るく声かけをしている風景に憧れました。
Q 10年後の自分をどんなふうに想像していますか
影原さん 地元のUターンの就職先で後輩ができ、徐々にキャリアが軌道に乗っているのではと考えています。自らの行動が周囲に良い影響や刺激を与えられるような人間になっていたいと思います。