2025.03.30
国際情報学部の松野良一教授のゼミでジャーナリズムについて学んでいる田畑美徳(みのり)さん(4年)制作のドキュメンタリー映像「あしたよなあ―不時着した特攻隊員―」が「第44回地方の時代」映像祭(NHK、日本民間放送連盟など主催)の市民・学生・自治体部門で奨励賞を受賞した。
第二次世界大戦末期、鹿児島県の小さな島に不時着した日本軍の特攻隊員の生死の軌跡を、島の人々や特攻隊員が飛び立った鹿児島県南九州市の知覧特攻平和会館の関係者らに取材を重ね、38分の映像作品として発表した。
安部正也少尉と安永克己さん(ドキュメンタリー映像「あしたよなあ―不時着した特攻隊員―」より)
「あしたよなあ」は、薩摩半島の南西約50キロに位置する黒島(鹿児島県三島村)の人々が別れの挨拶に交わす方言で、「あした会いましょうね」という意味。次の日に会う予定がなくても、二度と会えないかもしれない関係でも、別れ際に伝え合う言葉だという。
田畑さんは「特攻隊員に『あした』はなかった。若い世代が平和と戦争を語り継ぎ、本当の意味で『あしたよなあ』と言葉を交わし合える世の中にしていかないといけない」と、ドキュメンタリーに込めたメッセージを語る。
松野ゼミの先輩たちが制作したドキュメンタリー映像に刺激を受け、自らもテーマを探す中で、黒島の存在を知り、興味を抱いた。第二次世界大戦末期、黒島には特攻隊の10人の遺体が流れ着き、4隊(4機)6人が不時着した。
不時着後、再出撃を望んだが、手漕ぎの舟では本土に戻れないと島の人に反対されていた安部正也少尉(明治大卒)に手を差し伸べたのが、中央大卒業生の安永克己さんだった。安永さんは1923年に鹿児島市で生まれ、中央大学専門部商業科を1943年10月に繰り上げ卒業した。船の沈没で召集令状が鹿児島に届かず、家業の牧畜業を手伝うため黒島に滞在していたという。
ドキュメンタリー映像「あしたよなあ―不時着した特攻隊員―」より
1945年5月、安永さんが漕ぎ手を務め、2人は2日間の航海で本土まで渡り切った。安永さんの存在をきっかけに黒島での出来事に興味を抱き、制作を始めたと、ドキュメンタリーのナレーションで田畑さんは説明している。
知覧特攻平和会館の学芸員への取材や、テレビ番組ディレクターとして取材で黒島を訪れた小林広司さんが特攻隊員と黒島の人との交流を記した著作「黒島を忘れない」(2015年、西日本出版社)の内容、小林さんの妻、ちえみさんへの取材などをもとに、多くの関係者から丹念に話を聞いた映像がドキュメンタリーの中で紹介されている。
不時着で大やけどを負い、島の人から手厚く介抱された柴田信也少尉(法政大卒)のもとを訪ねた安部少尉は、島にやけどの薬がないことを知る。本土の飛行場に戻った安部少尉はその後、やけどの薬やチョコレートなどを詰めた「柴田信也少尉殿」宛ての荷物を黒島上空から投下し、南方へと飛び去ったという。
安部少尉の正式な再出撃の記録は確認できていないが、荷物の投下地点には、安永さんが2004年に建立した慰霊碑が立ち、慰霊祭で手を合わせる安永さんの写真もドキュメンタリーに残されている。
特攻平和観音像が建立された2004年の翌年から、黒島特攻平和祈念祭(慰霊祭)が開かれ、田畑さんは2023年5月、参列のため実際に黒島を訪問。このとき、隊員と島の人々の交流を描いた鹿児島県立伊集院高校演劇部の生徒の舞台「See you tomorrow」を見て、激しく心を揺さぶられる。
伊集院高校演劇部の舞台「see you tomorrow」(ドキュメンタリー映像「あしたよなあ―不時着した特攻隊員―」より)
「戦争を知らない高校生が表現していること自体に驚きがあった。表情や声などが迫ってくるような演技で、初めて当時の人の息づかいを感じられた」と、衝撃を振り返っている。
知覧特攻平和会館では、黒島上空が特攻隊の飛行ルートの一つとなった理由や、不時着した6人は全員が生きて本土に戻ったことなどの説明を、学芸員から受けた。不時着した特攻隊員がどのような思いを抱いていたのかに関心があった田畑さんは、「一度は死を覚悟した特攻隊員も、再出撃を望んだ人、生への執着が生まれたと証言した人など、抱いていた思いは違う」と話している。
ドキュメンタリー映像の結びの場面では、島を去る船に向かって、「あしたよなあ」と船着場から声を上げる人々の姿が映る。そして、田畑さんの語りが続く。
《はかなくも、あしたを生きることができなかった特攻隊員の思いをかみしめ、私たちは、あしたを歩んでいきます》
制作プロデューサーの田畑美徳さん
ドキュメンタリー映像「あしたよなあ―不時着した特攻隊員―」より
第二次世界大戦末期、中央大学OB約60人が特攻作戦で戦死した。特攻と中央大学の関係の研究を進めていた松野ゼミ生、田畑美徳さんは2023年4月、特攻隊員10人の遺体が流れ着き、6人が不時着した鹿児島県三島村の「黒島」の存在を知る。黒島は薩摩半島の南西約50キロに位置する周囲約15キロの小さな島で、今は約180人が暮らしている。
ドキュメンタリー映像の制作は、田畑さんが再出撃を望む特攻隊員に手を差し伸べた中央大学卒業生、安永克己さんの存在を知ったことをきっかけに、不時着した特攻隊員がどのようなことを考えていたのだろうという疑問からスタートした。
特攻隊員6人が島の人々と交流する中で生と死に向き合う現実と、鹿児島県立伊集院高校演劇部の生徒たちが黒島での出来事を一生懸命に舞台で表現し、未来へ語り継ごうとする姿、思いなどを描いている。
〈制作協力〉
鹿児島県三島村役場
小林ちえみ
鹿児島県立伊集院高校演劇部
知覧特攻平和会館
〈資料提供〉
小林広司「黒島を忘れない」(西日本出版社)
知覧特攻平和会館
アメリカ国立公文書館
中央大学資料館事務室
〈制作補〉
山崎滉大(国際情報学部4年)
〈制作プロデューサー〉
田畑美徳 征矢佳眞(国際情報学部4年)
〈制作統括〉
松野良一(国際情報学部教授)
〈語り・監督〉
田畑美徳
〈制作著作〉
中央大学国際情報学部 松野良一ゼミ
(敬称略)