2025.12.12
取材&文/学生記者 倉塚凜々子(国際経営4)
怒涛(どとう)の追い上げを見せた。2025年7月の世界水泳選手権(シンガポール)男子200メートル自由形決勝。力強い泳ぎでラスト50メートルの5番手から順位を上げる。先行するパリ五輪王者を猛追し、18歳が表彰台に立った。新時代のエースの誕生だ。タイム1分44秒54は堂々たる日本新記録。
「力を出し尽くした」と、銅メダルに胸を張った水泳部の村佐達也選手(総合政策1、イトマン東京所属)に、世界の舞台を経験して糧となったことや、水泳の魅力、将来の目標などを尋ねた。
ガッツポーズをする村佐達也選手。日本新記録で銅メダルを獲得した=2025年7月29日、シンガポール(写真提供:共同通信社)
「頑張ればメダルに届く」-。ラスト50メートルは「とにかく追いかける」ことばかりを思っていた。「周りを見ながら冷静に泳げた」と振り返ったが、「必死すぎてほとんど記憶がない」とも。力を出し尽くした先に、表彰台が待っていた。フィニッシュ後、電光掲示で順位を確認すると、うれしさがこみ上げ、ガッツポーズを繰り返して言葉にならない雄たけびをあげた。
それまでの自己記録(1分45秒35)を0秒81も縮め、従来の日本記録も0秒11更新、大会の日本勢メダル第1号となった。レースから約2カ月半が過ぎたインタビューの際も、「これまでの人生で一番うれしかった。まさか自分がメダルを取れるとは、という思いでした」と笑顔を見せた。
前日の準決勝を全体6位で通過し、決勝は7レーンで泳いだ。前年のパリ五輪金メダリスト、ダビド・ポポビッチ選手(ルーマニア)が準決勝に続いて、隣のレーンにいた。目標にできる選手がすぐ隣で泳ぐという運にも恵まれ、とくに決勝は「(ポポビッチ選手に)ついていけば良い結果もついてくる」と胸に秘めていた。折り返しの100メートルを6番手、150メートルを5番手で通過し、ラスト50メートルで持てる力を爆発させた。
ゴール後、笑顔を見せる村佐選手(写真提供:共同通信社)
高校3年でパリ五輪も経験し、大きな舞台でも冷静沈着だ。「水泳は好きだから続けているし、メンタルも強いと思う。上がってしまうようなタイプではない」と自己分析し、自分のペースをしっかり守って泳ぐことができる。世界水泳の決勝前も「メダルは狙ってはいましたが、取れたらいいなくらいの気持ちで、この舞台を楽しみ、力を出し切ろう」という思いで、自然体で力を発揮した。
中大に入学直前の3月の日本選手権で優勝し、リレーで出場したパリ五輪に続いて日本代表入り。世界水泳前には約1カ月弱、自身初となる海外での代表チームの合宿に参加し、スペインの高地で心身を鍛えた。種目が異なる選手たちからも刺激を受け、練習で競い合った。代表合宿で得られた力が世界水泳の舞台でも生きたという。
泳ぎは、水の上を滑るように、腰の位置が高く浮いたように見えるのが特長だ。1500メートル自由形を専門としていた高校1年のときには、出場した4×200メートルリレーで好タイムを出したことをきっかけに、専門種目を200メートルに変更した。これが以後の競泳人生を決定づける大きな転機となった。
中学時代の後半は400メートルが専門、その後の1500メートルを含む長距離で身につけた「水の抵抗を少なくして、楽に速く」という泳ぎを土台に、長距離とは異なるスタミナの質が求められる200メートルを中心に泳ぎに磨きをかけている。200メートルは「スピードを出し続けながら、それを維持していく」というスタミナが要ると考えている。
表彰台でも満面の笑み(写真提供:共同通信社)
さらに、「200メートルだけではなく、100メートル、400メートルと複数種目で世界と戦える選手になりたい」と、アスリートとしてさらに高みを目指すつもりだ。とくに世界的にレベルアップが著しい400メートルは、「前半から飛ばしていくレースプランが主流で、(中盤から終盤の)きついところでどれだけ耐え切る力をつけられるか」が課題だという。
今後の目標を尋ねると、「こんなにも水泳が面白いということを、水泳を知らない人に伝えたい。水泳の魅力を広めたい」と答え、そのためにも「自分が活躍して、競技への注目度を高めたい」と力強く続けた。もちろん、アスリートとして、オリンピックなど世界の舞台での活躍を胸に秘めているはずだが、返ってきたのは、競技の裾野の拡大や水泳界の発展に結びつくような、広い視野を持った言葉だった。
その理由は、野球やサッカーなど他の競技の注目度に比べ、水泳への関心が十分ではないとの思いがある。高校時代はインターハイで活躍したが、注目度がそれほど高いとはいえなかったことに悔しさを覚えた。
「努力したら、努力しただけ速く泳ぐことができる。速い選手はとんでもない努力をしています」。水泳の魅力をそう語る。自身は自由形の選手として大柄な方ではないが、「小柄な選手でも努力すれば戦える。活躍できる」と証明したいという。
世界水泳の銅メダルを手にする村佐達也選手=多摩キャンパス
☆ 村佐達也選手
むらさ・たつや。愛知・中京大中京高卒、総合政策学部1年。イトマン東京所属。178センチ、65キロ。自由形の自己ベストは100メートル48秒72、200メートル1分44秒54。水泳は兄の影響で2、3歳で始めた。自由形を専門としたのは小学6年生の頃。平日は多摩キャンパスに通学する一方、朝夕に1時間半~ 2時間の練習に取り組む。多い日には10キロ以上を泳ぐという。
世界水泳選手権男子200メートル自由形決勝
(2025年7月29日、シンガポール)
①ダビド・ポポビッチ(ルーマニア) 1分43秒53
②ルーク・ホブソン(米国) 1分43秒84
③村佐達也(中央大、イトマン東京) 1分44秒54=日本新
④ファン・ソヌ(韓国) 1分44秒72
⑤カミル・シエラツキー(ポーランド)1分45秒22
※上位5人。世界記録は1分42秒00
世界水泳男子200メートル自由形で日本勢のメダルは、2019年大会の松元克央選手(ミツウロコ)の銀メダル以来で、日本人2人目の快挙。今大会はバタフライ代表だった松元選手の日本記録を目の前で更新し、「200メートル自由形はおまえに託せる」と、試合会場で松元選手から言葉をかけられたことが一番うれしく、記憶に残っているという。
ただ、村佐選手は「100メートル自由形ではまだ実力不足」とも語り、筋肉をつけてパワーを増すことや、よりスムーズなターンの習得などを課題に挙げる。いずれは松元選手の持つ100メートル自由形の日本記録(47秒85)も更新したいと意欲的だ。
水泳部がインカレ7種目制覇
村佐選手はリレー含む5種目V
第101回日本学生選手権水泳競技大会(インカレ)が2025年9月4~7日、東京アクアティクスセンター(東京都江東区)で開催され、中央大学水泳部は7種目で優勝した。学校対抗の総合成績は男子が2位、女子が9位だった。
☆ 優勝した水泳部メンバー(いずれも男子)
50メートル自由形=蓮沼椋祐選手(経済3)
100メートル自由形=村佐達也選手(総合政策1)
200メートル自由形=村佐達也選手
100メートルバタフライ=光永翔音選手(商2)
4×100メートルフリーリレー
=決勝競泳順:蓮沼椋祐選手―村佐達也選手―光永翔音選手―小山陽翔選手(法4)
4×100メートルメドレーリレー
=決勝競泳順:三光哲平選手(法4)―谷藤大斗選手(法4)―村佐達也選手―光永翔音選手
男子4×200メートルフリーリレー
=決勝競泳順:嶋田大海選手(商1)―村佐達也選手―光永翔音選手―蓮沼椋祐選手
私は競泳を見る機会が多いのだが、“あの”村佐達也選手が同じ中央大学に進学すると聞いたときはとても驚き、そして、うれしかったことを覚えている。
水泳界でいま最も注目を集める一人であり、自身初の個人種目での出場となった世界水泳の舞台で、200メートル自由形の銅メダルを獲得。ラストの素晴らしい追い上げに中継映像を見ていた誰もが興奮し、海外のメディアがSNSで村佐選手の泳ぎに言及しているのをたびたび目にした。世界中から注目されている村佐選手にインタビューできる機会を得たことは、私にとって特別な経験だった。
迫力あるレース自体はもちろん、レース直前に会場に姿を現すシーンや、レース後のインタビューで会場を沸かせる明るい雰囲気、キャラクターが印象的な村佐選手は、私の中ではムードメーカーというイメージが強かった。しかし、今回の取材で見えたのは村佐選手の冷静でスマートな側面だった。
取材中に語ってくれたレースの裏側や、パリ五輪におけるレースプランの反省などは、私の想像をはるかに超えて緻密だった。隣のレーンの選手との駆け引きや途中のラップタイムのコントロールなど、水泳の一つのレースの裏にある勝負の奥深さを改めて感じた。
とくに印象的だったのは、水泳界全体を盛り上げたいという村佐選手の思いの強さだった。これまでも野球やサッカーなどに比べて、水泳の注目度は高くなかったという。たとえば、今年の甲子園の優勝校は言えても、インターハイで優勝した水泳の選手の名前を一人でも挙げられる人は、確かに限られるかもしれない。
「大好きな水泳がもっと注目されるスポーツになってほしい」と力を込め、そのために自分が活躍して水泳の面白さを多くの人に届けたいと未来を見据える。自身の泳ぎやパフォーマンスが、水泳に興味を持ってもらえるきっかけになってくれたら、とも話していた。自身の成長だけではなく、水泳に挑むアスリートの一人として、もっと水泳界を盛り上げていこうと、競技に取り組んでいる姿勢に感銘を受けた。
取材を通して、改めて村佐選手のムードメーカーとしての明るさの奥にある冷静な分析力と揺るぎない信念に驚かされた。世界の舞台での活躍はもちろん、水泳の魅力を多くの人に伝え続ける存在として、さらなる活躍を期待せずにはいられない。