2025.08.19
学生記者 合志瑠夏(経済4) 九十歩胡春(文2)
中国・ハルビンで2025年2月に開催された第9回アジア冬季競技大会(ハルビン冬季アジア大会)で、カーリング競技に日本代表として出場した渡邊陽紀(はるき)選手(経済4=出場時3年)が男子団体で5位となった。目標だったメダル(表彰台)には届かなかったものの、開会式で務めた選手団の旗手の大役とともに、「やり切った」という思いの残る貴重な財産、経験となった。
カタールに勝ち、相手選手と健闘を称え合う渡邊陽紀選手(左から3人目)
取材に答える渡邊陽紀選手=2025年6月12日、多摩キャンパス
1次リーグ最終戦で、優勝候補に挙がっていた開催国・中国と対戦し、中盤の第6エンドまで5―3とリードした。最後は残念ながら逆転負けを喫したが、渡邊選手は「日本の力を発揮できた良いゲームだった」と、満足そうに手ごたえを語った。
1次リーグ・グループBでは3勝2敗の3位。準決勝進出を懸けたフィリピンとの争いに敗れ、最終結果は5位となった。フィリピン戦について、渡邊選手は「チャンスは多かったが、大事な場面のショットを決めきれなかった。選手同士でもっと声をかけ合い、プレーにもっと慎重さも必要だった」と反省の言葉も口にした。大会はフィリピンが優勝した。
アジア大会で、渡邊選手のポジションは、とくに正確で繊細なショットを求められる「サード」。チームリーダーとして、積極的に選手間のコミュニケーションを図ったほか、大会前
には練習試合の手配や、練習場所・宿泊・移動手段の確保などについてチームメイトに役割分担を指示するなどした。
競技に先立つ開会式では、日本選手団の旗手に抜てきされた。国旗を手に選手団の先頭を歩いてスタジアムに入場し、「ペンライトを振る大勢の観客の姿などセレモニーの壮大さに圧倒された。新鮮な経験だった」と、当時の感激を思い返すように話した。
2022年の世界ジュニアB選手権、2023年ワールドユニバーシティーゲームズなど国際大会の経験はあるが、「結果を残せなかった」と唇をかむ。その悔しさが今回の冬季アジア大会に挑む原動力となった。渡邊選手は「日本代表として勝たないといけない。自覚と責任を持って挑みました」と振り返り、「チームを作って一年にも満たない中で、やり切ったという感情もわいた」と話している。
「頭と身体の両方を駆使するスポーツで、約2時間半の試合では持久力も求められる。唯一無二の競技かなと思っている」。カーリングの魅力をそう語る。実際、チーム競技であるカーリングは、1人の力だけでは勝てない。「1つのショットには全員が関わっている。全員がそれぞれの役割を満点に近く果たさないと目指すショットにならない」という点が、チーム競技としての難しさであり、面白さでもあるという。
自分自身を「緊張はしないタイプ」とたとえ、いつも平常心でいることを心がける。練習をしっかり積んでいることが自信や支えとなり、「平常心」の裏付けになっているそうだ。
今後への課題を尋ねると、体重を増やして、より力強いショット、力強いスイープ(ストーンが進む先の氷をブラシでこすり進路を調節する動き)を可能にすることと、スイープの際のコミュニケーションをより円滑にすることを挙げた。
卒業後は一般企業に入り、アスリートとしても「さらに上」を目指す考えだ。新たにチームを結成し、将来の日本選手権出場、制覇を目標にしている。
開会式では日本選手団の旗手を務めた
ストーンの進む先を真剣な表情で見つめる渡邊陽紀選手
☆ 渡邊陽紀選手
わたなべ・はるき。北海道・札幌東高卒、経済学部4年。172 センチ、58キロ。アイスシートに初めて立ったカーリング場は、小学3年の冬に父親に連れられて訪れた札幌市の「どうぎんカーリングスタジアム」。「氷上を滑る」「速い強いストーンを投げられるようになる」「スイープがスムーズになる」など、徐々に「できること」が増えていき、夢中になった。
ミリ単位のストーンの動きが勝敗を分けるカーリングで、ここぞという場面で求められる繊細なショットが得意だという。世界的にも一流のカーラー(カーリング選手)として知られるロコ・ソラーレ(女子)の吉田知那美選手が目標の存在。五輪でメダルの懸かったゲームでも笑顔を絶やさない明るい人柄や、技術面を含めて見習うべき点があると感じている。
☆ カーリング
水平なアイスシート上にストーン(石)を滑らせ、40 メートル以上離れた「ハウス」と呼ばれる円の中心に最も近い場所に置いた側が点数を得るという氷上の競技。リード、セカンド、サード、スキップ(主将)の順に、1人が2投ずつ、相手チームの選手と交互にストーンを投げる。両チームを合わせた計16投が終わると得点をカウントし、この1つの区切りを「エンド」と呼ぶ。選手が専用のカーリングブラシで氷の表面をこする「スイープ」は、ストーンの進路方向の氷を溶かし、滑る距離や曲がり具合などを変える効果がある。
巧みな戦略と技術、身体能力が求められる競技で、15 世紀に英スコットランドで発祥したと伝わっている。
第9回アジア冬季競技大会(2025年2月7~14日、中国・ハルビン)
カーリング男子団体・日本成績
〈1次リーグ・グループB〉
日本 23-0 タイ
日本 12-2 カタール
日本 3-7 ホンコン・チャイナ
日本 9-4 サウジアラビア
日本 5-8 中国
〈予選〉
日本 4-10 フィリピン
☆ ハルビン冬季アジア大会 カーリング男子団体の日本代表
同じ団体競技の野球やサッカー、ラグビーなどの国際大会の日本代表が、国内外の各チームの選手から選抜されるのと違い、カーリングは国内で勝ち上がった単独チームがそのまま代表となる。チームワークがとりわけ重要視される競技であり、戦略や実際のプレーでチームメイト間の意思疎通が大切になる。
アジア大会男子団体の日本代表は、北海道と東京を拠点に活動する学生ら同年代の選手たちで編成された。2024年6月の代表選考会では「チーム関東」の名称で代表の座を勝ち取った。チーム結成は選考会直前の2024年春。当初はメンバー同士で話をしたことがないという間柄の人もいたため、オンラインでコミュニケーションを取り、意思統一を図るなどしたという。
冬季アジア大会の男子団体メンバー
ポジション 所属
青木 亮㉑ スキップ 北海道情報専門学校
渡邊 陽紀(はるき)㉑ サード 中央大学
邊見(へんみ) 渉㉑ セカンド 東洋大学
宮 桜介(おうすけ)⑳ リード 慶應義塾大学
京藤(きょうとう) 凜㉒ リザーブ 札幌国際大学
※丸数字は年齢。年齢、所属とも大会開催時
「同じクラスの人ですね」。渡邊陽紀選手は、挨拶した私をひと目見て、最初にそう言ってくれた。経済学部では1、2学年で言語など必修の授業をクラスの皆と受けていたので、実に2年ぶりの“再会”となった。クラスメイトを取材することになって驚いたし、同時にとても光栄に思った。2022年度34組の皆さん!読んでくれていますか? !
北海道出身の渡邊選手は、小学3年でカーリングを始め、だんだんできることが増えてきて、喜びや面白さを感じ、どんどん熱中していったという。
胸につけた「日の丸」「五輪マーク」の重さを感じながら、自覚と責任を感じて臨んだ冬季アジア大会。結果に満足できず、落ち込みもしたが、ともに戦ったチームメイトの励ましと、一緒に成長できたこと、やり切ったと思えたことに感謝の気持ちを抱いている。
カーリングのトレーニングや学業と並行して就職活動にも力を入れ、将来はIT業界を目指し、仕事をしながら競技を続ける道を模索しているという。授業への配慮などで「カーリング部」が大学に存在しないことで生じる苦労もあるが、経済学部ではITに関連する伊藤篤先生のゼミで学んでいるそうだ。
渡邊選手が受け持つ「サード」など各エンドの後半にストーンを投げる順番が回ってくるポジションは、プレーの精度が勝負に直結するといっても過言ではない。ゲーム展開やチームの状況に気を配って積極的にコミュニケーションを図り、チームメイトを引っ張ってきた渡邊選手なら、どのような組織でも、組織内外の人を巻き込みながら成長し、大きな成果を上げていけるだろうと感じた。
この記事を読んでいる学生の皆さんは、カーリングを観戦したことがあるだろうか。渡邊選手は、選手たちがどのような作戦を取るかに注目し、考えながら観戦することが多いという。私たちも、選手それぞれの役割を考えながら観戦するのも面白いかもしれない。
相手のストーンを弾き飛ばすような力強いショットが得意な選手、ミリ単位の繊細なショットをきっちりと決められる選手、スキップ(氷上の司令塔、主将)とスイーパーが生みだす絶妙なショット――。見どころは盛りだくさんだ。ルールや定石を知ってゲームを観戦することで、渡邊選手が真摯に取り組んでいる競技の魅力が、より多くの人に届くことを願っている。
中国戦での日本チーム(右端が渡邊陽紀選手)
カーリングに打ち込む渡邊陽紀選手の積極性と常に先を見据えた考え方を知り、深い尊敬を覚えた取材だった。
冬季アジア大会前の練習では、代表選手に対する強化費を月1回の国内合宿費に充てて、練習試合を数多くこなしたという。国内合宿地はカーリング専用リンクのある北海道、長野が中心で、韓国合宿も行ったそうだ。代表選考会を勝ち上がった「チーム関東」は北海道と東京の選手の混成チームのため、オンラインツールでのミーティングで互いのコミュニケーションを図った。渡邊選手は個人でもランニングや、ジムでの体づくりに努めたという。
中央大学に進学した経緯も教えてくれた。中大の入学試験は札幌市でも受験できる。それが“縁”となり、多摩キャンパスでの学生生活が始まったと聞き、とても驚いた。海外のカーリングの大会に出場した際に、通貨の両替などに興味がわき、高校時代から金融に関心があったこともあって経済学部を選んだそうだ。さらに「中大経済学部は2年生からゼミに所属できる」と、具体的な将来の学修についても、しっかりと見通して志望したことを知り、カーリングだけでなく、何事にも真面目な人柄を感じ取れた。
2026年夏に開催される日本選手権に新たなメンバーで出場することを目標にしているという。卒業後、仕事をしながら競技を続けることは、学生であるとき以上にハードな道だろうと感じたが、長期プランで何事にも積極的に行動していこうとする姿に感心した。
メダル獲得が目標だった冬季アジア大会の5位という結果が悔しく、一時は自分がチームの中でも一番落ち込んでいたと打ち明けた。一方で、カーリングの魅力や戦略、選手のポジションごとの役割などについて熱っぽく語る表情から、チームメイトへの信頼感や「カーリング愛」が伝わってきた。渡邊選手の競技への真摯な姿勢や着実な努力は、さらなる大きな舞台へと確実につながっていくだろう。