受賞論文【優秀賞】「環境と農業との共存を目指す私の挑戦!」

高松 正典

映像の中で暴れ狂い、海に落ちていく猫は私に何を訴えているのでしょうか…?

私は、中学1年生の夏、水俣病資料館に行き、生々しい写真や映像を見る機会がありました。その際に私は、なぜこれほどまでの悲劇が起こってしまったのだろうか…?もっと早く、被害が広がる前に水俣病という食物連鎖の惨劇を何とかできなかったのだろうか…?と思い始めました。現在までの地球環境は、様々な生き物の生命と生命の「共生と調和」が生み出してきたものでした。しかし、日本における環境は、めざましい産業発展の影に隠れて病み続けていたのです。このことに対して、私は強い憤りを感じ、「自分の力で何かできないのだろうか…?」という思いを抱きました。

そのような中、私は、小学6年生の夏に参加した、1日河川パトロールのことを思い出しました。その活動の一環で水の濁度を測る実験があり、近隣の幾つもの川と比較した中で私の住む植木町を流れる合志川が一番汚れていました。調べてみると、この合志川は、地域の家畜糞尿と家庭排水の影響で汚染が進み、九州の中でも5本の指に入るほどの汚れた川になっていることが分かりました。私は、身近な川にも環境汚染が広がっていること、そして、本来食と命を育むはずの農業生産が、環境汚染を引き起こす要因になっている現状に、大きな衝撃を感じました。しかし、その頃の私には解決する術がわかりませんでした。

その後の私は、目標も定まらず、高校への進学もただ、周りの友人も行く高校だから…という理由で普通高校を志望していました。しかし、みんなが進路目標を定めて頑張っている最中、私の中には、「このままでいいのだろうか…?」という、漠然とした焦りと不安が生まれてきました。「暴れ狂う猫」「合志川の惨状」「家畜糞尿等の地域廃棄物の問題」-そんな時、「高校時代に私自身が環境問題の改善のために活動できないだろうか?」と思ったのです。そして、私はその思いを実現するため、自分の力を試すために鹿本農業高校への進学を決意しました。

入学後、私はバイオ工学科に在籍すると共に、放課後はバイオ研究会の活動に参加し、高校生の力で「環境問題に取り組もう!」という理念の下、研究活動を行ってきました。私はこの活動を通じて、私たちと環境とのつながり、産業と環境とのつながりを改めて認識することができました。しかし、現在の日本では、至る所で廃棄物が生まれ、地域の環境を取り巻く状況がさらに悪化しているという実態があります。しかも、今、環境保全型農業や有機農法等の必要性が叫ばれているにも関わらず、生産者、そして、消費者にもその必要性がまだまだ認知されていない事に私は強い疑問を感じました。

そこで私は、研究活動を通じて、地域を巻き込み、私たち高校生から「環境に配慮した循環型社会システム」の必要性を訴えていく事が多くの人に環境に対する意識付けをする上で必要なことではないかと考えました。

その実践活動として私は、この3年間「地域環境と農業との共存」を目指す3つの活動に取り組んできました。この活動は、「地域農家と連携し、環境保全型農業を実践したい!」という想いから地域農家との共同研究に広がり、少しずつ成果が形となり始めています。

まず、1つ目が、地域資源循環型社会の復興を目指し、地域の方々と共に3年間取り組んできた、土着菌と地域廃棄物を活用した「有機質資材、土着菌ボカシ」の開発です。この土着菌ボカシを使った栽培は植物にとっての「根-土-微生物」の健全な関係を作り、安全・安心な食料生産につながる取り組みになっています。春休みの3月下旬に材料を混合し、5月の連休に袋詰めを行いました。土着菌ボカシは半発酵しているため、においがきつく、汗と入り交じった独特のにおいで鼻が麻痺し、時には舞い上がったボカシを大量に吸い込んでしまうこともありました。1500袋の袋に20kgの土着菌ボカシを詰めていく作業は、丸2日間に及び、とても辛く、挫けてしまいそうになりました。しかし、大変だったこの活動から得られたものがたくさんあります。それは、目的を達成した後の充実感、地域の人との協力、交流、そして、農業の大変さを改めて認識する活動となりました。

2つ目の活動としては、「地域農家と連携し、環境保全型農業を実践したい!」という思いを広げる活動の一環で、子ども達との食農交流活動を実施しました。この活動は、無農薬・無化学肥料で、元肥に土着菌ボカシを使用した畑作りから、野菜の栽培、収穫までを子どもたちと一緒に行うというものです。子供達はたねまき、苗の定植、収穫などの作業に夢中になり真剣に取り組んでくれ、とても充実した活動になっています。私は、一粒のたねから農と食、そして環境を見つめ、命を育むこの活動から次世代の子供たちに私たちの想いを伝えることができた!と感じ、何とも言えない充実感でいっぱいになったのです。また、この交流を体験して、子ども達が植物を通じて生命に触れ、食に興味を持ち、食を作り出す農業に目を向け、そして、農業の視点から今の自分の身の周りの環境に関心を抱くという、地域の農業と環境への問題意識を喚起できるものとなりました。

3つ目の活動として、日本人の農と食を支える水田の環境がどのような状態にあるのかを知るために水生生物の「ジャンボタニシ・ヤゴ類・カブトエビ・ホウネンエビ」を指標とした水田環境調査を実施しました。中でも「カブトエビ・ホウネンエビ」は、農薬等の影響を受けやすく、絶滅が危惧されている水生生物です。

梅雨明けした平成17年7月中旬、山鹿市鹿本町全域の水田約400haを対象に調査を実施しました。調査を行った日は、日差しも強く軽い熱中症に陥り、挫けそうになりながらも取り組み続けました。結果、ジャンボタニシがほとんどの水田に見られ、ヤゴ類・カブトエビは全体の約6%、ホウネンエビは1%にも満たない分布となりました。また、一方では土壌微生物やホウネンエビに対する農薬と化学肥料の影響を調べました。各サンプルに使用基準最低濃度に薄めた農薬や化学肥料を入れると土壌微生物は徐々に減少し、ホウネンエビは動きが鈍り、やがて死んでいきました。一見、緑豊かな水田環境の置かれた現状に、メンバー一同驚きを隠せず、「このままで良いのだろうか!?」という疑問を抱きました。そのような中、環境保全型農業の一例であるアイガモ農法と無農薬無化学肥料栽培に取り組んできた本校水田では、カブトエビ・ホウネンエビが共に生息し、絶滅危惧種Ⅱ類になっているドジョウも確認することができました。このことから、環境保全型農業の実践により農薬等の影響で崩れてしまった生態系ピラミッドを地道な継続活動で再生できることがわかりました。

しかし、以上の理想を目指す「環境保全型農業の実践活動」が打ち砕かれ、厳しい現実に直面する出来事がありました。それは、「ごはんCUP」の中で取り組んだ「無農薬無化学肥料の水稲・野菜栽培」での出来事です。理想を描き取り組み始めた無農薬無化学肥料栽培は、想像以上に難しく水稲にはハマキガの幼虫、キャベツにはアオムシやヨトウムシなどの害虫が大量に発生しました。後日、少ないながら何とか収穫はできたものの無農薬無化学肥料栽培のあまりの大変さに「環境保全型農業…やはり無理なのか!?」と挫折しそうになりました。

しかし、この間私は、活動をインターネット上で公開し全国の高校生へ思いをぶつけてきました。そして、その意見交換の中で同じ思いの高校生から「地道な活動は、継続する中でいつか必ずや実を結ぶ!」というメールをもらい、勇気づけられたのです。そこから私は、安定経営のために、農薬や化学肥料に頼ってしまうのは仕方のない部分もある、しかし、生態系への影響・土壌環境等の環境への影響を考えれば、たとえ難しくても、環境保全型農業に取り組む必要があると確信しました。

このような活動の中から私は、これらの活動の中で見えてきた大切なことがあります。それは、まず身近な環境を見つめ、環境と農業を意識した生活を送るという事です。例えば、身近な田んぼの中を覗き込み、生き物を探してみる事。そして、その中で出会った、環境保全型農業に取り組む農家の方と、見つけた生命について語り合うこと。また、一粒のたねから生まれる植物の生命を感じ、食と命を大切にする心を育むこと。そのことを農業高校で学ぶ私達がまず実践し、生産者と消費者との架け橋になるためにも、多くの人々にこの想いを広げ、訴える実践活動を地道に継続していくことだと思うのです。それが環境保全型農業の実現への第一歩だと強く感じたのです。

以上、3年間の活動から、私は一つの大きな夢を抱きました。それは、農業系の大学へ進学し、環境と農業に関する深い知識を身につけると共に、地域活動等では国際関係のサークルに入り、世界の農業生産の実態を自分の足で見て回り、世界的な目線での「環境と農業」について活動していきたいと考えています。卒業後は、企業のイベント部門等で企画を練り、地域社会や子供たちに現在までの活動で学んだ環境保全型農業の大切さと、現在の地域環境の現状を伝え、日本の環境と食、そして、農業を支える人になりたいと考えました。

中学1年生の夏に水俣病資料館で見た1つの映像。ここから私の環境問題への挑戦が始まりました。水俣病という食物連鎖の惨劇が今、私たちの食生活へ忍び寄っていることをこの3年間の活動の活動の中で垣間見る結果となりました。この結果をこれからの活動の基盤、そして、忘れてはならない大切なこととして、環境と農業との共存を目指す私の挑戦はこれからも続きます。