受賞論文【最優秀賞】「利便性との戦い-アイドリングストップの試み」

岩崎 まり子

信号が赤に変わる。そして決まって出てくるこの台詞。「暑い、熱い、あつーい。」車に乗ると必ずと言っていいほどこのブーイングが起こる。父がアイドリングストップでエンジンを切ると、山梨の夏が私を襲う。むっとした空気を感じながら、信号が青に変わるわずかな時間をとても恋しく思うのである。

私の住む山梨県は、この日一番暑かった場所としてニュースで紹介されることの多い所である。山梨は四方を山に囲まれ、自然に恵まれている。しかし盆地であるため、夏は蒸し暑い。

また、公共交通機関が少なく、車が欠かせない。人口1,000人当たりの自動車保有台数が全国3位という統計からも、車を必要とする地域であることがわかる。また、県内で排出される二酸化炭素の約4割は自動車からのものである。全国での割合は約2割程度であるため、車が2倍もの割合の二酸化炭素を排出していることになる。

そもそも甲府市内は、十数年前に大型店舗が撤退したのを皮切りに、ドーナツ化現象が進み、駅前の店舗はシャッターを下ろし、活気がなくなっていった。一方で、郊外に大型スーパーが増え、必然的に買い物客は郊外へと流れていく。この状況も車の利用に拍車をかけている一因といえるのではないか。

山梨県の自動車の保有台数は、1990年は279,000台だったのが、2000年には445,000台に増加した。59%の増加率である。

例えば母の知人は、大阪から山梨に嫁いできたが、それまで車とは無縁で運転はおろか免許も取得していなかった。車がないとどこにも行けないという状況に大変戸惑ったそうだ。公共交通機関の発達した大阪では考えられないという。

県庁所在地の甲府市に勤務していた父が、昨年南アルプス市に異動になった。今までJR身延線で通勤していたが、交通手段がないためやむなく車を購入し、通勤することになった。車での通勤は通常では40分ほどだが、車を使わず電車とバスを乗り継いで通勤すると、2時間以上かかってしまう。車での通勤の3倍以上かかることになる。料金は片道1,000円かかる。ちなみにガソリン代は140円程度である。環境に悪いと分かっていても、時間的損失と労力を考えると、車を使わざるを得ない。全国的に地方は同じような状況にあるのではないだろうか。

しかし、これらの事に無関心であった結果、近年、地球規模で異常気象による被害を引き起こしている。アメリカ南東部をおそった大型のハリケーン、カトリーナや2002年ドイツのエルベ川の大洪水は私達の記憶に新しい。大雨や大雪、干ばつなど異常気象が、私達の生活を脅かすようになってきている。これらの原因が地球温暖化の影響であると考えられている。

産業革命以降、大気中の二酸化炭素濃度は急激に増加してきた。この「温室効果」により地球温暖化が進行している。

現在の東京の気温はこの100年で3度上昇し、100年前の鹿児島と同じであるという記事が新聞に掲載された。記事によると、長い間湘南地方が北限だとされてきたクマゼミが80年代の半ばに東京で確認されたという。また、ここ100年間の列島地方都市の温度上昇は1度前後だそうだ。加えて、二酸化炭素の濃度がこのまま増え続けると、21世紀末には平均気温が1.4度から5.8度も上昇するというデーターが出ている。

では、どうやって二酸化炭素を減らしていくのが効果的か。そして、2005年に発効された京都議定書の『温室効果ガスの6%削減』をどう達成するのか。それには、私達一人ひとりの行動が不可欠なのは言うまでもない。そこで、私達の生活に欠かせない自動車と二酸化炭素の削減について考えてみたい。

そこで私は夏休みを利用して、父の車に同乗し、停車時間と走行時間を測り、通勤の実態を調べてみた。調査を行った日は8月10日、天気は晴れ。夏休みのため普段より若干交通量が少ないとのことであった。父の通勤ルートは、始めに工業団地を横切る。どの工場も環境に配慮し、緑の木々が道沿いに植えられている。果樹地帯に入ると住宅もまばらになってくる。その日の朝は混雑する時間帯にもかかわらず、渋滞はさほどではなく、大抵の信号は1回で通ることができた。通勤距離16.6キロメートルのうち信号のある交差点が23カ所ある。通勤時間は33分かかった。10カ所の信号で停車し、停車時間をストップウォッチで測ったところ、停車時間は計6分。通勤時間の18%が停車していたことになる。

省エネルギーセンターにメールで問い合わせたところ2000㏄の乗用車の場合、10分間のアイドリングストップで約140㏄のガソリンの節約が可能とのことであった。エンジン始動時のガソリン使用料は約1.2㏄。この日はアイドリングストップを行っていたので始動時の1.2㏄×10回を差し引いても2,000㏄の乗用車に換算すると72㏄のガソリンを節約したことになる。

実際は軽自動車の通勤であったので、メーカーに燃料消費量を確認したところ、アイドリング1分間あたりのガソリンの消費量は、約5㏄から7㏄、エアコン使用時は、約13ccから17㏄。エンジン始動時については正確なデータがないとの回答であった。

1年間250日通勤すると仮定した場合、72cc×250日で、18㍑の節約になる。1台にすれば大したことはないが、山梨県にある445,000台の自動車の1%がアイドリングストップするだけで、80,100㍑の節約が可能である。ガソリン1㍑あたり2.3㎏の二酸化炭素が排出されるので、これだけで184㌧の二酸化炭素を押さえることができる。たった1%の車がアイドリングストップを実行するだけで、これだけの成果を得ることができるのである。

アイドリングストップは、ドライバーが身近にできる地球温暖化防止策である。5秒以上の停車で、アイドリングストップは効果を発揮する。つまり、走行中のわずかな信号待ち時間でもアイドリングストップの効果は十分である。それにも関わらず、アイドリングストップをしている車はほとんど見受けられない。車無しで生活することはできない山梨に住む私達にとって、アイドリングストップというささやかな行動が地球温暖化防止に役立つということがあまりにも認知されていないのは残念である。

環境問題と向き合う時、そこに立ちはだかるのは利便性との戦いである。山梨においては、もはや生活の一部となっている車を排除することは不可能に近いことである。ならば、車に乗りながら環境に与える影響を最小限にとどめるにはどうしたらよいのだろうか。例えば、山梨県ではノーマイカーデーを実施している。その時に、皆で乗り合わせて会社へ向かうという事もできる。また、何とも滑稽な話であるが、家族がそれぞれ車を所有し、一人は通勤に、一人は買い物に利用しているにも関わらず、運動不足が気になり、夜はウォーキングに励んでいるという。通勤はともかく、買い物や町内のわずかな距離の移動には自転車を使用するなど、少しずつ変えていくしかない。そして、これらの事を実践していくには、ほんの少しの環境への思いやりを持つ事が大事であると思う。それは必ず大きな力となり、自然豊かな街を未来に残すことができるはずだ。

私達は今まで、科学技術の発展に邁進し、めまぐるしく流れる時間の中で、社会に取り残されまいと何も考えずに突き進んできた。それにより、確かに生活は豊かになった。しかし、それと同時に自然との触れあいや人との関わりを体感する機会は減り、本来の豊かさを見失ったのである。

私は、父が車を持つまでは、母が免許を持っていないこともあり、どこへ行くにも身延線を利用し、歩くことが当然として生活してきた。一見不自由に思える時間が、実は貴重な経験であったのである。電車の窓から見える風景やそこから生まれる人々との繋がりは、忘れかけていたものを呼び起こしてくれることに気づく。あの幼い夏の日、兄と一緒にカブトムシを捕りにクヌギの木を探したり、毎年市川公園の秘密の場所に行ってサワガニをとっては育て、秋に元の場所に返す。「またサワガニに会えるだろうか」とドキドキしながら秘密の場所に向かった5月の想い出は今でも鮮明に覚えている。また、我が家ではグレープフルーツを食べた後は種をプランターに植え、それをベランダに並べておく。アゲハチョウが自然に寄ってきて成長した葉を食べ、アゲハが産んだ卵が孵ったときの感動は生命の輝きを実感させてくれた。私は、これらの体験から、「私達自身」が率先して動いていかなければならないと痛感した。

私達は今こそ環境問題としっかり対峙し、速やかな対策を講じていかなければならないと思う。信号待ちのわずかな時間が、私達にきれいな空気と真っ青な空、そして、豊かな自然をもたらすと考えれば、難しいことではないだろう。きっと、近い将来私も車を運転し、利便性との戦いに参戦する日が訪れるだろう。その時がきても戦いに負けない強い意志を持ち続けていたい。一人一人が考え行動し、協調していくことで、確実に環境問題への意識を高めていくことができるはずだ。

2006年夏、アイドリングストップの試みを通して、自然豊かな環境を未来へ繋ぐために私達がすべきことを見つけることができたのだ。