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2018年09月03日

【開催報告】シンポジウム「アジアにおける紛争解決制度の変容」を開催しました。

 2018年8月3日、中央大学市ヶ谷キャンパスの模擬法廷教室において、研究ブランディング事業「アジア太平洋地域における法秩序多様性の把握と法の支配確立へ向けたコンバージェンスの研究」が主催するシンポジウム「アジアにおける紛争解決制度の変容」が開催されました。

 このシンポジウムは、香港大学教授であり、同時にシンガポール国際商事裁判所(SICC)国際裁判官でもあるProf. Anselmo Reyesをキーノート・スピーカーとしてお迎えし、多くの参加者と共に、アジア地域における紛争解決制度の変容と日本への影響について検討したものです。

 

 

 

Prof. Anselmo Reyes

 これまで、法的な紛争解決は、各国家が提供する裁判によるものが「標準」と考えられてきました。しかしながら、これには、いくつかの問題が指摘されており、裁判外紛争解決制度(ADR)の導入と高度化が指向されています。たとえば、裁判官は必ずしも国際ビジネスの専門家ではなくその判断が形式的な法解釈に陥りがちであること、裁判は公開されてしまうこと、時間がかかること等はその典型的な問題であり、これに対して、仲裁(arbitration)や調停(mediation)といったものが、国際ビジネス紛争解決のためのADRの基本的な技術として知られてきました。さらに近時では、その融合形態である Med-Arb(あるいはArb-Med)という仕組みも、アジアを中心に盛んに用いられるようになっています。

  Anselmo教授は、”The Developing World of Arbitration: A Comparative Study of Arbitration Reform in the Asia Pacific” (Hart Publishing, 2018) を編著者としてまとめられたところですが、今回は、同書と現在お務めのシンガポール国際商事裁判所(SICC)国際裁判官としての知見を踏まえたキーノート・スピーチをいただきました。

 Anselmo教授は、こうした動向について、前掲書でアジア太平洋地域の12国・法域を調査しまとめられていますが、その中で、日本が提供する国際ADRが極めて低調であったということが示されました。具体的には、12国・法域では、香港のHong Kong International Arbitration Centre(HKIAC)やシンガポールのSIAC、近時では韓国などが国際紛争処理それ自体をビジネスとして積極的に展開していることに比較して、日本の最も伝統のあるADR機関であるJCAAの利用が低調であるという特徴が示されました。

 また、Anselmo教授の示されたもう一つのアジアにおける発展は、ご自身が国際裁判官であるシンガポール国際商事裁判所です。同裁判所は、シンガポールの国家裁判所でありながら、シンガポール国籍をもたない専門家を裁判官として迎え、国際的なビジネス紛争について、高度な紛争処理を提供するものです。ビジネスの実情に精通した専門家によるArbitrationと、国家法に基づく安定的な紛争処理である裁判のいわば優れた点を組み合わせ、アジア太平洋地域における法の支配に貢献するという理念を背景として、極めて興味深い活動を展開しはじめています。

 こうしたアジアにおける展開を踏まえて、Anselmo教授は、法的紛争処理がもつ社会的な機能と役割の重要性を指摘し、とりわけ、日本の新しい取り組みに注目していることを述べられました。具体的には、Japan International Arbitration Center Tokyo (after 2020以降)、Osaka International Dispute Resolution Center、Japan International Mediation Center, Kyoto等の取り組みに言及されました。そして、こうした機関による紛争処理が活性化することを見通して、Anselmo教授は、国際的なADRに対応できる法律家の養成の重要性を指摘されました。若い法曹に対する専門的トレーニング、法科大学院学生に対する早期の基礎的教育、さらには中央大学における法学教育の転換等、多くの提言がなされたところです。

 

 質疑応答では、多くの議論がありました。ここでは、いくつかの点のみご紹介します。

まず、Anselmo教授と同じくシンガポール国際商事裁判所の国際裁判官である谷口安平先生から、日本(とりわけ日本企業)がADRを利用してこなかったことについての補足があり、さらに、Anselmo教授に対しては、シンガポール国際商事裁判所の成果に対する評価が問われました。谷口先生の質問は、同裁判所に継続してきた事件は、実は、が必ずしも同裁判所を紛争処理フォーラムとして選択したというものではなく、シンガポールの国内別裁判所から移送されてきたものであることを背景として、必ずしも当初の理念が実現できてはいないのではないか、というものでありました。これに対して、Anselmo教授は、2015年に解説されたばかりのものであって、現に処理している事案は同裁判所開設前の国際契約に基づくものがほとんどであるから、同裁判所が管轄裁判所として契約上指定されていなかったのは当然であることを指摘して、まだ、「評価」には早すぎることを述べられました。

 本学法科大学院客員教授である阿部信一郎弁護士からは、ご自身の国際的紛争解決のご経験を背景として、予防法務の発達もあって東京地裁の事件は増えていないこと、日本企業はコスト面で国際ADRを利用しづらいこと、日本の法律家もこのニーズの小ささから必ずしもこの分野への進出に積極的であったとはいえないこと等の紹介がありました。その上で、今後のAIの発達やTPPの枠組みでの国際紛争の増加等により、法律家の役割として高度な問題における紛争解決が重要となり、その中で新たな法曹養成の仕組みが必要ということで、Anselmo教授の提案に賛同が示されました。その際、学部で基礎教育を受けた法科大学院を修了した若手法曹に対するADR夜間大学院教育構想など、具体的提案もなされたところです。

 本学法科大学院兼任講師である松田日佐子外国法弁護士からは、それまでの日本における法文化や企業文化等の議論を踏まえて、国際仲裁というよりも国際商事調停への期待が大きいのではないかとの意見が示されました。

 

 このシンポジウムには、研究者のみならず、実務家や法学生の参加も多く、大変熱心な議論が展開されました。本研究プロジェクトの研究課題である、法の多様性把握と法の支配確立という点からは、まさにその中心にあるテーマであり、今後の研究の深化を約して散会しました。