インターナショナル・ウィーク12月18日(火)講演会

後楽園キャンパス3号館の会場の様子

第4回インターナショナル・ウィーク最後の講演は、後楽園キャンパスにて、主に理工系学生を対象に、公益財団法人フォーリン・プレスセンター理事長で、前国連事務次長の赤阪清隆氏と、国連地域開発センター(UNCRD)所長の高瀬千賀子氏によって行われた。

赤阪氏は、「日本は没落と苦悩に喘ぐ国となるのか-否、若者がいる」と題して、6日に多摩キャンパスの文系学生を対象に行った同じテーマで講演し、高瀬氏は「職場としての国連――開発問題を通して」と題して、約25年間の国連職員経験と、携わってきた仕事の内容を語った。

赤阪清隆氏

赤阪氏は、アメリカのロムニー大統領候補や韓国の李明博大統領が日本を過小評価した言葉や、1975年の文芸春秋に掲載された「予言の書、『日本の自殺』」などを紹介しながら、右肩下がりの日本の出生率や一人当たりのGDP、政府の科学技術関係予算やODA実績、日本から海外への留学者数や駐在外国メディア数が一時よりも減少している実態をデータで示し、危機意識を喚起した。

一方で、日本には自由や人権の尊重、法の支配や伝統的な価値観、美徳文化などがあり、特に去年の大震災の際に、日本が大地震、津波、原発という3大事故に見舞われたにも関わらず、略奪や放火もなく、人々が冷静に助け合っていたことが世界中を驚かせ、賞賛の的となっていたことも紹介し、内向きといわれがちな若者に対し、「日本はまだまだ捨てたものじゃない。世界に出よう!」という内容のエールを送った。

高瀬千賀子氏

次に講演した高瀬氏は、国連のシステムや主要機関、国連の開発に関する主な会議・サミットについて触れつつ、自らの国連での経験を説明しながら、最後にその就職方法について紹介した。彼女は、高校時代にシンガポールに留学しており、男女雇用機会均等法がまだ存在しない時代の大学4年の時に、国連への就職を見据え、当時専攻していた経済の知識を生かし、さらに大学院で開発経済を学んだ。

外務省の支援で国連で仕事ができる制度を利用して、国連工業開発機関(UNIDO)のアソシエート・エキスパートとして、ジャカルタの任務に就き、その後、国連が主催する国際競争試験を経て、国連事務局の職員として主に経済畑でキャリアを積んで、現在の国連地域開発センター(UNCRD)所長の立場に至っているとのことだった。

UNCRDは、1971年に名古屋に設立されて以来、今年で41年目を迎える国連組織であり、「国連ミレニアム開発目標(MDGs)」や「ヨハネスブルグ実施計画(JPOI)」などを踏まえたうえで、地域開発の枠組みの中で「経済・社会開発」、「環境」、「防災管理計画」のテーマに視点を置きながら、開発途上国や都市・地域レベルの組織の開発担当者の能力向上に寄与する業務を行っている国連機関である。

「国連の事務局の仕事は、かなりの部分、裏方仕事。会議での交渉は政府代表が行うが、そのバックグラウンドペーパーを作るのは事務局。交渉時にサポートとして一緒に入ったり、会議前の事務総長のレポートを作ったりしながら、政策分析をする」と、高瀬氏は自らが携わってきた業務内容に触れながら、国連の仕事のメリットをいくつか話し、「国連の職場は、男女平等」と、女性がのびのびと働ける環境であることを訴えた。

学生からの質問に答える赤阪氏と高瀬氏

最後に、国連の採用方法は一般公募となっているが、就業経験がない場合は国際競争試験(Young Professionals Programme)を受けてから入れることなどを説明し、その他、外務省の支援でJPOやアソシエイト・エキスパートなど、主に国連ではない専門機関に入って、フィールドを経験し、その後国際競争試験を受けて国連本部に入ったり、それぞれの専門機関の基準により本採用となることや、留学やインターンシップを利用して国連オフィスで働いてみるなど、いくつかパターンがあることを紹介し、学生の国連職員へのチャレンジを促す形で講演は締めくくられた。

各講師の先生方に質問する学生

講演会終了後の質疑応答タイムでは、中国から来た留学生が、「赤阪さんのお話しは、基本的に外に出る意識を持ってほしいとの事だったが、同じ気持ちで外からの留学生も受け入れてほしい」と訴えた。これに対し赤阪氏は、日本の文科省が留学生を30万人まで増やそうと計画していること、他方でかつて8万人ほどいた日本から海外に留学する学生が、現在は6万人まで減少していることを示し、「私は高校時代、人前に出ると赤くなってしまうことから、あだ名も"タコ"だったが、海外に出た経験で自信が持てるようになった」と、自らの経験から、「海外にも行く、海外からも来る‥‥という世界基準に持っていきたい。外からもたくさん国際舞台で活躍できる人が出ることを期待したい」と答えた。

続いて、韓国人留学生より、経験を踏まえたうえでの人間の深みについて話してほしいとの意見があり、赤阪氏は「お話ししたいことはたくさんある」と前置きしたうえで、日本人の遵法精神に触れ、日本の若者は一般的にルールに縛られて、そのルールの意義を探らずにただ守っている傾向を、車の来ない赤信号の横断歩道を渡らないでいる日本の若者を例に指摘。「時には赤信号でも渡りましょうよ!韓国の若者は元気がある。好きな女性を見つけたら何度でもアタックするような積極性が若者には必要。その意味で、日本の若者には赤信号を渡るくらい積極的になってほしい」と、笑いを取る発言で場内を沸かせた。

質問する韓国人留学生

また、高瀬氏も「(日本人は)マニュアルにとらわれる傾向がある。自身で判断して動くことが肝要。私もインターネットがない時代に、どうしたら国連に入れるかと、各機関に手紙を書きまくった。結局全てネガティブな返事ではあったが、皆さんが返事をくれた。そこから私の国連への第一歩が始まった。鉄則は、自分で考えて動くこと。自分を主張できる人が出てくることを願っている」と、これから社会に出る学生に対し、本学のユニバーシティ・メッセージである「"行動する知性"たれ」とも聞こえる励ましの言葉があった。

この日に実施された講演会を最後に、約半月にわたるインターナショナル・ウィーク(テーマ:国連)の全プログラムは終了したが、全体を通して、講演会やシンポジウムの過程で質問する留学生の数が、日本人学生の割合よりも多いことに否応なく気づかされた。
今回講演いただいた、数々のグローバルな世界で活躍されている方々の発言をしっかりと胸に受け止め、一刻も早い"内向きな日本人"からの脱却が望まれる。
引き続き、次のインターナショナル・ウィークに期待したいものである。

フォーリン・プレスセンター理事長(前国連事務次長)
赤阪 清隆 氏
日本は没落と苦悩に喘ぐ国となるのか-否、若者がいる