インターナショナル・ウィーク12月8日(土)シンポジウム

12月8日(土)の国連ウィーク最後のプログラムは、国際労働機関(ILO)駐日事務所駐日代表の上岡恵子氏と、日本紛争予防センター(JCCP)事務局長の瀬谷ルミ子氏、国連大学サステイナビリティと平和研究所(UNU-ISP)大学院プログラムでプログラム・アシスタントを務めている冨名腰あん氏の3名によるシンポジウムであった。

ILO駐日事務所駐日代表の 上岡恵子氏

シンポジウムは、それぞれの講師による20分程度の、自己紹介を兼ねた職業紹介に始まり、その後、「Careers in International Organizations: Past and Future(国際機関でのキャリア:これまでとこれから)」のテーマで、法学部教授の都留康子がコーディネーターを務めるパネルディスカッション形式で進められた。

講師の中で最も年配である上岡氏は、経済的な事情から日本では大学にも行けず、映画の字幕作成に興味があったことをきっかけに英語を学び、渡米。約6年の銀行勤務の経験から、アメリカで会計士の仕事をすることになり、クライアントからの紹介をきっかけに、今まで23年間国連機関で働くことになったという。

JCCP事務局長の 瀬谷ルミ子氏

また、JCCP事務局長の瀬谷氏は、本学総合政策学部出身であり、世界を代表する武装解除の第一人者である。2009年NHK「プロフェッショナル仕事の流儀」に出演し、2011年のニューズウィーク誌(日本版)「世界が尊敬する日本人25人」、「日経ウーマン・オブ・ザ・イヤー2012」準大賞にも選ばれている注目の女性だ。そんな瀬谷氏は、群馬県桐生市出身であり、家族は日本を出たことがないばかりか、パスポートも持っておらず、"国際性"からはかけ離れた環境で育ったというから驚きだ。そして瀬谷氏は、幼い頃から「自分が興味を持てる分野で、人とは違うことをしよう」と心がけており、徹底的な人との差別化、世の中にニーズがありながらも人材不足の隙間産業探しを心得ていたという。もともと英語が好きで得意だった瀬谷氏は、高校時代の1994年のルワンダの内戦をきっかけに、紛争地域での活動に興味を持ち、大学在学中のインターンシップ等を通して、20代は組織にかかわらず、とにかく現場で役立つ人間になるキャリアをつけることを目標に設定した。「自分は特段秀でた能力を持っていないと自覚していたので、差別化しなければ淘汰されるとずっと思っていた」と語る瀬谷氏の危機意識こそが、類まれな彼女の能力であることが垣間見える内容だった。

国連大学勤務の 冨名腰あん氏

最後に講演したのは、パネラーの中で最年少の冨名腰氏であり、彼女は2006年に本学法学部国際企業関係法学科を卒業したフィリピン人とのハーフ。しかしながら、小学校の頃から日本に住んでおり、英語は通常の日本の教育課程の中で学んだという。冨名腰氏は現在、国連大学で研究者や学生のサポートをしているが、国際機関で働きたいというそもそものきっかけは、高校生の時に、横浜で開催された児童の商業的性的搾取に反対する大きな国際会議を手伝ったことであり、大学では国際法を学ぼうと、中央大学法学部進学を決めたという。在学中は法学部の「やる気応援奨学金」でインドやオーストリアに留学し、卒業後は結核予防会とストップ結核パートナーシップ日本という2つの組織を経験した。「私もまだこれからキャリアを積む途中段階であり、将来的には現場を体験したいと感じている。国連職員には公務員試験同様、年齢制限があるから、その点に気を付けてキャリアプランを立てることが肝要。TOEFLなどを受けて、日ごろから高いスコアをキープしておくと、いざ自分が応募したいポストを見つけた時または海外に行くチャンスに巡り合った時に、そのチャンスを逃さずに済む」と、前半の2名とは違う学生目線の発言も印象的だった。

各講師の先生方に質問する学生

フロアに集まった聴講者の中には、本学のみならず、他大学の学生や高校生などもおり、講演後の質疑応答では、時間内で全て受けきれないほどの多くの質問が出た。

「目標を持続させるにはどうしたら良いか」、「今、ニーズがあるが人材が不足している分野として、どんなものがあるか?」「現地の人と関わるうえで気を付けていることは何か?」、「採用の際に社会経験が求められる理由」など、学生たちはここぞとばかりに、自分たちの疑問を各講師にぶつけ、シンポジウムは多いに盛り上がった。

国連職員のアプライの仕方も、講演者それぞれ異なっており、学生にとっては大変参考になる貴重な時間であったことは間違いない。「日本の若者は内向きである」と言われがちな昨今。今回の国連ウィークを通して、一人でも多くの学生が世界を舞台に、多くのことにチャレンジすることを望んでやまない。