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附属中学・高等学校の取り組み

中央大学附属高等学校

▲「アントレプレナーシップ入門」授業。ビジネスプラン発表会の様子

 「アントレプレナーシップ入門」は、中央大学附属高等学校2年次で受講する選択授業の1つです。この授業は、将来起業したり、組織の中で何か新しいことに取り組んだりするために必要な知識や思考、行動力を身に付けることを目的としています。授業は大きく2つのことを軸にしています。

 1つ目は、身の回りにある商品やサービスの中から、いわゆる「イノベーション」と呼ばれるものを取り上げ、それがなぜ「イノベーションとなりえたのか」を分析および議論することです。「便利なもの」や「今は使うことが当たり前になっているもの」には、過去には全く存在しなかったものも多数あります。スマートフォン、特にそのカメラ機能はその典型的な例です。また、技術革新が関わるもの以外にも、Uber(※1)やAirbnb(※2)がイノベーションの例として挙げられます。両者はもちろん技術革新によって可能になったものではありますが、そのサービスの仕組みは従来の常識を打ち破るような考えで、我々の創造性を刺激する部分があります。最近ではシェアリングやサブスクリプションも当たり前の世の中になり、人々の行動や選択に変容を与えています。このように、イノベーションを起こしたと言われる商品やサービスを、差別化、人々の行動変容、社会変化、技術革新、経験価値などの観点から分析していくことで、自らが新たなアイデアを出すときの視点を獲得することを目指しています。

▲岩本 祐樹先生(中央大学附属中学校・高等学校 英語科教諭)同校のアントレプレナーシップ教育を担当。

  そして、授業の2つ目の軸は、自分自身のビジネスプランを考え、発表することです。イノベーションの分析で培った「新たなビジネスの視点」を元に自分たちで商品やサービスを考えます。加えて、ビジネスで社会問題を解決する社会起業も紹介し、その可能性も検討してもらいます。最終的にどのような起業プランを考えるかは生徒次第ですが、社会起業から、生活を便利にするための商品やアプリの考案まで、グループで協同しながらプランを練り上げていきます。そして、そのアイデアをクラス内で発表し、日本政策金融公庫さんが主催する「高校生ビジネスプラン・グランプリ」に応募しています。
 まだまだ目指す授業とは乖離がありますが、高校生にとって「真正の学び」となるように意識して授業をしています。

(※1)Uber=配車のサービス、配達のサービスを展開するUber Technologies社の略称、(※2)Airbnb=民泊サービスの「Airbnb(エアビーアンドビー)」は個人の家を貸す「民泊」の一種で、空き部屋を貸したい人と、部屋を借りたい人とを仲介するWebサービス。日本では「エアビー」と呼ぶことが多い。

授業を開始した背景・経緯

  この授業を始めたのは、高校生の将来の生き方を考えたときに、多様性を持ってほしいと思ったことがきっかけです。本人の意思次第ですが、将来1つの企業に勤め続ける必要はないし、起業することもできる、また、社会人になってから大学院進学や留学という選択肢もあります。さまざまな選択肢があり、そういう選択肢をとってもよいのだよ、ということを伝えたいと日頃から思ってきました。
 ナイキの創業者のフィル・ナイトが、「人生には過去が遠ざかり、未来が開けるときがくる。すでに知っている領域に戻るものもいれば、不確かな方に突き進む者もいる。どちらが正しいか私にはわからないが、どちらが楽しいかは知っている」というようなことを言っています。
 今の時代は昔以上に 、“不確かな方の選択” がしやすい社会だと思います。しかし、フィル・ナイトが「そっちの方が楽しいぞ」と言ってくれても、その選択をするのは、今の日本では “あいかわらず” 難しい。であるとすると、そうしたメッセージを送る以上、精神論だけではなく、そのために必要なことを教える必要がある。そのスキルがアントレプレナーシップだと思い、この授業を開講するに至りました。

授業を履修した生徒の感想と手ごたえ

 授業で扱っているイノベーションや経営に関する内容は、他の授業では学んだことがないので、「おもしろい」という声はよく聞きます。確かに、通常の教科では、「イノベーションのジレンマ」「破壊的イノベーション」「ジョブ理論」「キャズム理論」といったことを学ぶ機会はないように思います。年間の授業が終わった後も、「もっとイノベーションやマーケティングなどについて学びたい」という感想が多かったです。私自身も、このような知識を体系的に学んだ経験はないので、読んだり聞いたりしたことを自分なりに咀嚼(そしゃく)して、授業を作っていますが、それなりに興味を持ってもらえているようなので、もっとそのような部分を充実したものにできればと思っています。
 また、ビジネスプランの考案は非常に楽しそうにやっています。アイデアを出すことに加えて、そのアイデアをどう実現させるか、というところで苦心していますが、考える過程で、必要なことを調べたり、実際に調査するなどして、意欲的に活動しているのが印象的です。ビジネスプランを考えることは、リアルな社会とつながる活動とも言えるので、生徒のモチベーションを高めることができていると実感しています。

シリコンバレーでの研修旅行

▲スタンフォード大学経営大学院での座談会の様子

 この授業の一環として、2022年10月にアメリカ・シリコンバレーでの研修旅行に行きました。シリコンバレーでは主に、スタンフォード大学、楽天、そして現地高校のDesign Tech High Schoolを訪問しました。

 スタンフォード大学では、経営大学院で学ぶ10数名の日本人学生からは話を聞くことができました。
 高校生にとって驚きだったと思うことは、ここで学んでいる日本人学生の方々は、多かれ少なかれ「自分は本当に好きなことをしているか」という自問自答を経て、会社を辞めたり、借金をするなどしてスタンフォード大学で学ぶことを決意したという事実です。
 彼らは、日本での学歴も高く、就職先も世間的には一流と呼ばれる大手企業でした。そのような方々でも、自分のやりたいことについて迷いながらリスクをとる決断をしていることを知り、「自分が迷っていても当然だ」ということに、生徒は気づかされたように見えました。さらに、スタンフォード大学経営大学院の学生全体を見ても、感覚として半分くらいは「これから何をしたいか決まっていない」という話も印象的でした。
 「やりたいことをやろう」というメッセージの元でこの授業を立ち上げましたが、実はそれ以上に「やりたいことがない」という高校生の方がはるかに多いです。それで悩む生徒も多いのですが、スタンフォードの学生たちも「自分は何をするべきか」という迷いのもとで学んでいたのです。この悩みは、ある意味アントレプレナーとして必然なのかもしれないと私自身思いました。そういった現実を知ることができたのは大きな収穫だったように思います。

 また、楽天オフィスへの訪問では、社員の富永さんに案内していただき、ご自身の経歴を話してもらいました。富永さんは非常に魅力的で、その語りも軽快な方でした。高校時代にスキーに本気で打ち込んだことを原点に、「まずは好きなことをやり切る」という姿勢でいたことが、アメリカで評価されたという話をしていただきました。海外で働くという観点からの話を聞き、生徒たちの海外志向が高まったように感じました。実際に、旅行後のアンケートでは「英語をもっと頑張る必要があることを痛感した」「将来海外で働いてみたいと思った」「まずは留学をしてみたいと思った」といった感想が多かったです。

▲Design Tech High School の工作室

  現地の高校 Design Tech High School 訪問では、今後の「学び」の在り方の1つの形を見せてもらったように思います。
 Design Tech High Schoolは、アメリカの中でも異色な教育手法を取り入れており、「デザイン思考の応用と実践」をミッションとした授業を行っています。デザイン思考とは「新たな商品やサービスの考案や社会問題の解決に対して、実際に「ものづくり(プロトタイプを作る)」をすること」で、アイデアを出して実行する手法です。この「ものづくり」では、「手に取れる物理的なモノ」だけではなく、「体験」や「価値観の構築」といったものも含まれます。
 以下の写真は、「デザイン・リアライゼーション・ガレージ」と呼ばれる工作室 (工房)です。卒業に必要とされる単位の6分の1ほどの授業は、この教室を使って行われているそうです。このように、ものづくりを通して、知識を得たり、応用したり、またアイデアを出したりしています。デザイン思考を教育の中心に据えている学校の例はあまりないと思います。
 ここでは高校生同士の交流をすることができ、非常に良い経験になったかと思います。

履修生徒に期待すること

 この授業を始めたきっかけにも書きましたが、シンプルな言い方で言えば、高校生のこれからの生き方を考えたときに「常に楽しい方の選択をしてほしい」という思いがあります。職業でいうと、「就いた仕事を好きになれ」という考え方があります。それはすごく必要なことで、あまり好きではないことでも頑張っていると、それ自体が好きになっていくこともあるし、それを通じて自分がやりたいことが遠回りに実現できることもあると思います。しかし、この授業を受けた以上は、そこに抗ってほしいと少し期待していす。
 また、今後の新しいビジネスのあり方として、「人間中心」というキーワードがあります。AI技術がいかに発達しようとも、ビジネスや日常生活において「他者への共感」という観点は絶対に必要です。授業で培った「創造性」が他者のために発揮できるような社会人になってもらえたらうれしいと思います。

【報告者】岩本 祐樹先生(中央大学附属中学校・高等学校 英語科教諭)