学生のみなさんへ
『新たな「出会い」』
気がつけばあっという間に一年が過ぎまた新たな年を迎える。年齢と共に年々月日が経つのが早くなっていく気がする。もう二年前のことになるが、中央大学キャンパスで開催された小宮孝泰さんによる一人芝居『線路は続くよどこまでも』を見た。敗戦で朝鮮半島から命がけで引き上げてきた小宮さんの父親の手記をもとにした、一人で何十もの役を演じる劇自体も忘れがたいが、上演後に聴衆の学生からの質問に応じた小宮さんの言葉がとても印象に残っている。
どうして俳優になろうと思ったのか、という問いに小宮さんは確か、元々井上ひさしの戯曲が好きで大学に入学するときには将来俳優になりたいと思っていた、と説明した。そして続けて、自分にとって「出会い」が大きな影響を与えた、といった意味の返答をされた。小宮さんは在学中にその後の芸能活動の仲間と知り合っているが、小宮さん曰く、「出会い」とは人と人との遭遇だけに限られるのではなく、心動かされる本や物語などとの邂逅も含まれる。そして、出会いは自分から探し求めることによって得られるものだと思う、と説明されていた。
そう考えると、実際に顔を合わせた人から聞いた言葉と同様に、小説や劇あるいはドラマや漫画の作中人物の言葉、そして歌の歌詞も胸に響き、永く心に残るなら「出会い」と呼べるのではないだろうか。昨年度学生の一人から聞いた話だが、大学受験を控えていた頃、Mr. Children の「終わりなき旅」に励まされたそうだ。二十年以上前の曲で当時は気にとめていなかったが、聞き直すと確かに歌詞が良い。「閉ざされたドアの向こうに 新しい何かが待っていて/きっときっとって 僕を動かしてる/いいことばかりではないさ でも次の扉をノックしたい/もっと大きなはずの自分を探す 終わりなき旅」
私自身は『マルテの手記』という小説で、故国を離れ一人パリで暮す主人公の詩人が回想する、亡き母の言葉が心に焼き付いている。陰鬱な話で他の部分はほとんど忘れてしまったのだが、まだ子供だった主人公に、叶うかどうかにかかわらず「心に願いを持つことを忘れて」欲しくない、「長く」「一生涯」持ち続けて欲しい、と母は訴える。また2011年の東日本大震災のあと被災地で奮闘する方から聞いた、「いつまでも下を向いているわけにはいかない」という言葉を、自分の気持ちが沈んでいるとき思い出す。
この拙文が目にとまり読んでくれた読者の方にこの一年、心に残る出会いが訪れることを願う。
中央大学 商学部 教授
学生相談員 中村 亨