応用化学科・専攻

中央大学大学院理工学研究科博士前期課程2年・浅川 博祈と、中央大学理工学部応用化学科・准教授・山下 誠らにより、穏和な条件で炭素・窒素三重結合が切断されることが報告されました

2014年06月27日

【概要】
中央大学大学院理工学研究科博士前期課程2年・浅川 博祈と、中央大学理工学部応用化学科・准教授・山下 誠は、香港科学技術大学化学科大学院生・Lee, Ka-Ho、香港科学技術大学化学科・教授・Lin, Zhenyangらと共同で、ホウ素・ホウ素単結合を持つ化合物が、最強の化学結合の一つである炭素・窒素三重結合を穏和な条件で切断することを発見しました。


【論文発表先】
Nature Communications, 2014, 5, 4245.

【参考リンク】
有機元素化学研究室(山下研)

【研究内容】
『背景』化学において新しい物質を作り出すためには、原子と原子を結びつける「化学結合」を自由自在に操って、原子の並び順を組み替えることが最も重要です。その操り方には(a)化学結合を新しく作ること、(b)化学結合を切ること、の二通りがあります。また、化学結合には多くの種類がありますが、その中で分子を形作る基本となる「共有結合」は原子と原子の間で二個の電子を共有して結合をつくる形式です。共有結合の中には、二個の電子を共有する結合(=単結合=通常は「ばね」のように振動している:図1参照)だけでなく、四個、六個の電子を二個の原子の間で共有することで、より強い結合を作るものもあります。この中で六個の電子を共有している結合は二個の電子の組が三組(=ばねが三本)あるため「三重結合」と呼ばれ、最も強い=切れにくい結合に分類されます。三重結合を「切る」方法は世の中に多く存在しているものの、高い温度や強い酸、ある種の金属成分を必要としている方法のみが知られていました。
図1.単結合と三重結合

『研究結果』今回、炭素原子と窒素原子の間にこの強い三重結合を持つイソニトリルという有機化合物に対して、原子番号5番のホウ素原子(元素記号B)を二個含む分子(図2、新しく合成した分子1)を混ぜると、高い温度・強い酸・金属成分、のいずれも不要なままイソニトリル分子の炭素・窒素三重結合(図中に赤で示した三重線)を切断する反応が起こり、分子2ができることを明らかにしました。分子2にはもともとイソニトリル分子の三重結合を形作っていた炭素原子と窒素原子が含まれますが、これらの原子は分子2の構造の中で直接結合しておらず、離れた位置にある、すなわち三重結合が切断されたことがわかります(図2のピンク矢印参照)。
図2.今回発見した炭素・窒素三重結合の切断反応の概要

※図の中の元素記号を結ぶ直線は全て結合を示している。CH3またはH3Cと書かれた箇所は炭素原子に三個の水素原子が結合していることを示す。六角形(ベンゼン環)の角には元素記号が書かれていないが炭素原子を示している。
 
『研究の方法』得られた分子2の構造を明らかにするため、「X線結晶構造解析」および13C同位体標識を用いた「核磁気共鳴分光法」という方法を使用しました。また、この反応の途中において、分子1とイソニトリル分子に含まれるそれぞれの原子がどのように動いて反応が進行したのか、ということを「密度汎関数法」により解明しました。これにより、この特殊な反応が起こった一番の理由は、今回使用した分子1がホウ素原子二個を含んでおり、これら二個のホウ素原子の間にある単結合(図中青線)が反応しやすいからだとわかりました。
『研究の位置づけと将来』今回の研究成果は人類が「三重結合を切断する新しいツール」を手に入れたことに他ならない、と言えますが、まだ直接の応用が見えているわけではありません。とはいえ、シンプルな形の分子1を使うことで「最も強い結合」が切断できるというのは非常に面白い現象です。この先、この特殊な反応がどこまで一般性を持つのか、炭素・窒素の三重結合だけではなく他の種類の三重結合は切断できるのか、などについて解明していくことで、その応用範囲が明らかになっていくものと考えられます。
 
『謝辞』本研究は文部科学省の科学研究費補助金・新学術領域研究「感応性化学種が拓く新物質科学」計画研究(24109012)および日本私立学校振興・共済事業団の学術研究振興資金の助成を受けて行われました。また、密度汎関数計算の一部については自然科学研究機構岡崎共同研究施設「計算科学研究センター」のコンピュータを利用しました。

【用語解説】
「X線結晶構造解析」
結晶に対してX線を当てた時に、いろいろな方向へ曲げられる「散乱X線」の向きと強さを分析することで、結晶中に含まれる分子の構造を決めるための方法。
13C同位体標識」
炭素原子には質量数が12の12Cが約99%、質量数が13の13Cが約1%含まれており、このように質量が異なるが同じ種類の原子は同位体と呼ばれる。分子の中の特定の位置の炭素原子を13Cに置き換えることを13C同位体標識と呼ぶ。
 「核磁気共鳴分光法」
水素を含んだ有機化合物を強い磁場の中に置くと、ラジオに使用されている周波数帯の電波を吸収するようになる。このラジオ波の吸収を詳細に解析することで、有機化合物の構造を決定する方法を「核磁気共鳴分光法」と呼ぶ。[参考] この方法を医療に応用したものがMRIである。
「密度汎関数法」
電子密度の関数を利用して分子全体のエネルギーを見積もるための計算方法。仮想的な分子の計算を行うことも可能であるため、実験で手に取ることのできない反応途中の分子の様子を理論的に予測することができ、化学反応の理解をする上で重要な役目を果たしている。