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受賞論文【佳作】祖父から学んだこれからの自然

長野県松本蟻ヶ崎高等学校 1年 青木 雄哉

私は、信州の中央部に位置する諏訪湖の西側に広がる山麓に住んでいます。

生まれ育ったこの場所を改めて見回してみると、遠くまで畑や田んぼが続き、山が広がり、家から少し歩けば澄んだ流れの川や池が点在しています。私は幼い頃から、夏になると川へ行って水遊びをし、魚を釣ったり、そのまま手でつかんだりと、自然の中で生活してきた気がします。

また、保育園の時から家族と山登りをするなど、自然は幼い頃から身近にあり、春や秋には農作業の手伝いなどをしてきました。こうして、自然はまさに友達というような環境の中で、ふれ合い遊んできたのです。

私が馴染んできた里山の森の木は、地球温暖化の原因となる二酸化炭素を吸収し、酸素として排出する光合成の能力も持ち、生活環境そして地球環境にとっては、なくてはならないものです。

また、中学生になると春夏秋冬という季節の中で、春は木の花を楽しみ、夏の緑や秋の紅葉、雪に埋もれてしまった冬の木など、豊かな表情を見せてくれる美しい存在であることに気がつきました。

この身近である森林には、多くの大切な命を守るための機能が備わり、ゆったりと循環しています。例えば、鹿や狐などの動物のすみかになる森林には、多くのえさがあります。そのため、森に住む動物は人の多い町中に出て交通事故に遭う恐れはありませんし、里山は、飲用水の供給と自然災害などから周辺に住む私たち人間を守ってくれます。

しかし、最近そんな環境になくてはならない森の木が減少傾向にあるのが、とても気がかりです。

私たちの住む地球には、世界の国土の30%にあたる40億haの樹木があると言われています。しかし、ここ最近の中で、なんと日本の国土の約5分の1にも匹敵する約30万haの木が毎年減少し続けていることからです。

では、なぜそんなに減少し続けてしまっているのでしょうか。

その理由として、広大な原生林の樹木を伐採し木材資源として売っているからです。また、豊かな森林であった地域では、多くの重機で開墾を繰り返して広大な農地として切り開き、単一の農作物の栽培や牛や羊などの牧場に転用している国が出てきました。大型の経済資本の投入による乱暴な開発が、20世紀の時代に目立ち始めました。

一方、現在の日本は国土の約60%をしめる2500万haの森林を保有しています。しかも、この数値は30年前から変わらず、世界第3位の森林資源を保有するという優秀さで、まさに「森林大国」ともいうべき国です。では、世界の森林が開発によって減少する中で、なぜ日本の森林が30年もの間、維持でき保全されているのかを考えてみたいと思います。

その理由の1番目として、古くから日本人は自分の身近な自然を神聖なものと考え、癒しの意識の中で共有の財産として受け継ごうとして取り組む人々が存在したということが指摘できます。私の地域には、山を大切に守ってきた家が多くあります。我が家の場合であれば、祖父の存在です。私の祖父は、田んぼ・畑、そして山の管理と季節の仕事を率先して行っています。まさに、家の中のまとめ役という立場でした。

私は、保育園の頃から祖父に付いて山に行き、木の植樹をしました。その山と斜面に適するように植樹し、効率よく世代交代をしていくために余計になった木を伐採する大切な仕事をしてきました。

一見、単調に見えるこの植樹の作業工程の中に、ゴルフボールぐらいの球状をした栄養素を苗木の周囲に置いていく作業があるのですが、それが上手に置くことができないと、木の育成を邪魔して良い森を作ることができません。以前、私はそうしたことを知らずに適当に置いていました。祖父は、優しく情熱をもって栄養素の与え方を教えてくれ、この栄養素のおかげで若木は育っていることを話してくれました。

また、下草刈りという作業があります。この作業は植樹したばかりの木の育成に影響がでないように、若木の周りにある草を刈っていくという、実に単調で骨の折れる作業です。山の中の急斜面でこの下草刈りの仕事をしていると、次第に腰や足が痛くなってきて、作業をするのもついつい嫌になって、手がとまりがちになってしまうのですが、私よりも50歳以上も年上の祖父は、額に一杯の汗をかきながら、もくもくと前に進んでいきます。祖父の後ろ姿を見ていると、私ももっとやらなきゃいけないと気が引き締まります。

間伐も大切な作業です。良い木を育てるために伐採された木は、冬のストーブの薪に生まれ変わります。

祖父は、周りの仲間たちとふるさとの山を守るために色々な山仕事をしてきました。私は、祖父のそんな様子を見てきました。祖父と植樹している時、私に言った言葉を思い出します。「俺がこうやって植樹しているのも、雄ちゃん(私)が大きくなった時、この木が育ち、より良い環境になることを願ってやっているんだ。だから、雄ちゃんもこの仕事を知って、次の世代に受け継いで欲しい。」と。この祖父の言葉からも、決して自分のためではなく、次世代のために森林を残すべく努力していることが理解できた気がします。

私の住む塩尻市では、こうした地域の森林環境を維持し次世代に受け渡すための取り組みを行っています。例えば、森林の整備に支援交付金を出す事業や、塩尻市が林の整備活動を行った時に切った間伐材を市民に無料提供して、まきストーブの燃料として有効活用をする事業などです。

また、長野県全体の様子を見てみると「安心」、「共生」、「循環」の3つの柱を重要項目とし、積極的な森づくりを進めており、「地域の活力」を生みだすような森林事業を目指しています。例えば、手入れの遅れている里山の間伐を地域の人たちの協力によって行うことで、災害に強い里山づくりを進めるという森林整備です。

急峻な日本アルプスを中央部に抱える長野県は、恵まれた豊かな水資源の場所だと言えますが、この水資源の維持管理のためにも森林の整備は欠かすことができません。山仕事によって森林を整備することで、森の木は生き生きとした生命力を保持することができ、森の生物資源も守られ、下流域に住む人たちの産業と生活が約束されていきます。こうした心がけと不断の努力によって、日本の豊かな森林は荒れずに豊かさが受け継がれ、美しい四季のある日本を守ることができたのだと思います。

では、こうした豊かな環境の根幹である「森林整備事業」を今後どのように進めていくことが望ましいのか考えてみたいと思います。

もちろん、南北に長い日本の地域環境は一緒ではありませんが、先進地域に学ぶことや協力を県内だけでなく県の枠組みを超えて進めることも良いことではないでしょうか。例えば、森林率がもっとも高い高知県や優良木材産地の和歌山県や京都府において、森林整備事業サミットを開催し、技術や知識の伝達と協力をしていけば、日本の森林整備も進むはずだと思います。

人類は、科学の進展と活用と消費によって近代化を進め、安全で快適な生活を送ることができるようになりました。この自然の破壊と工業化の結果である快適さを捨て、過去に戻ることができない中、守るべきものは守り抑えるべきものは抑えるという徹底したエコ意識に基づいた生活に慣れていくことが必要だと考えます。

普段から、自然を身近に感じることの少ない環境にいる高校生も、日頃からエコ活動を積極的に取り組むことはできます。また、エコ活動は自己満足で終わらせることはいけませんから、常に「5Rの行動」「継続」「仲間に広める」などのエコ活動の意識と輪を自分から学校の仲間へ、そして地域へと広げていく取り組みが大切です。先ずは、単純なマイバックの持参や室温調節、ゴミの減量化とリサイクル活動などは最初に心がけたいことです。

以前、私は祖父に「どうやって山仕事を身につけたのか。」と聞いたことがあります。その時、祖父はこう言っていました。「昔は、生活の中で山仕事は絶対に必要なものだった。日常の炭を始め、冬の薪やコタツにはバラ炭が必要で、山に行って少し手を加えれば簡単に手に入るし、山菜も豊富にある。山のサイクルを壊さずに、感謝することを忘れなければ、生活は送ることができた。」と、山の大切さを話してくれました。

今も祖父はこのことを守り、仕事を続けています。私は、山仕事をする祖父の背中を通して森林作業に対する熱い思いを知り、自然と共に暮らすことの大切さを学ぶことができました。

日常のエコ意識と活動に加えて、自然に親しみながら学ぶ機会を持つことができれば、循環やリサイクルの必要性にも理解が深まり、本気で環境問題を維持・改善しようと考える日本人が増えていくと思います。