研究推進支援本部

理工学部教授・早坂七緒(訳者代表)が7名の共訳者とともに13年にわたって日本語訳に取り組んできた「ムージル伝記」が完訳され、第三分冊/全三冊が出版されました。

2016年07月05日

理工学部教授 早坂七緒と、左から「ムージル伝記」原書、日本語訳第一、第二、第三分冊

  理工学部教授 早坂七緒は、現代オーストリア文学の専門家で、現在の研究テーマはローベルト・ムージルの伝記的研究、プルーストやジョイスも含めたモデルネの研究などです。

 

■ 「ムージル伝記」の日本語への完訳

 

  このたび、早坂七緒(訳者代表)、水藤龍彦(追手門大教授)、北島玲子(上智大教授)、赤司英一郎(東京学芸大教授)、堀田真紀子(元北海道大准教授)、高橋完治(法政大学非常勤講師)、渡辺幸子(首都大非常勤講師)、満留伸一郎(東京芸大非常勤講師)が13年間にわたって日本語訳に取り組んできた「ムージル伝記」の第三分冊が2015年12月10日に法政大学出版局から出版されました。(第一分冊は2009年、第二分冊は2012年に刊行。)

  カール・コリーノ博士による原書は本文1600頁、原注400頁という「記念碑的偉業」で、あるフランス人研究家は「翻訳不可能」と判断したほどですが、日本の翻訳チームはそれを完訳しました。

  ムージル (Robert Musil 1880 – 1942) はオーストリア生まれの作家で、はじめ陸軍士官となるべく教育を受けましたが、途中でエンジニアを志して工科大に学び、さらにベルリン大で哲学、心理学を専攻して最終的に作家となった変わり種。じっさいに第一次世界大戦では将校となり、エンジニアの資格をもち、哲学博士でもあるムージルは、当時最先端の知的レベルを駆使した作品や評論を発表しました。主著『特性のない男』は、20世紀ベストのドイツ語小説と評価されています。(千年紀転換に際して1999年にミュンヘン文学館とベルテルスマン出版社が33人の大学教授、33人の作家、33人の文芸評論家にアンケートを行った結果。)

  この翻訳と平行して早坂七緒は科学研究費、中央大学特定課題研究費により現地調査を重ね、ドイツ語による著書 ”Robert Musil und der genius loci”(Wilhelm Fink 社)を2011年に刊行しました(第9回日本オーストリア文学会賞受賞)。この現地調査は『ムージル 伝記』を訳する際にきわめて役に立ちました。

 

■ 「ムージル伝記」日本語への完訳は、ドイツ、日本でどのように報じられたか

 

  ドイツ語圏では権威ある、新チューリヒ新聞2016年3月26日号に、気鋭のムージル研究家オリヴァー・プフォールマン博士による記事が掲載されました。「禅の庭師のような入念さ」による仕事であり、翻訳チームは推敲の過程で200を越える原書の誤植をみつけた」等々と称賛しています

  オーストリアの『クライネ・ツァイトゥング』3月8日号には、シュトルッツ博士(もとムージル文書館長)が『ムージル 伝記』完訳の記事を寄稿し、Titanenarbeit(偉業)と称えています。
  DAAD(ドイツ学術交流会)の支援を受け、世界に展開するドイツ人講師、ドイツ文学者に読まれている月刊紙 Fachdienst Germanistik(ドイツ語学文学通信)2016年5月号に「日本におけるムージル」という記事が載り、「ムージルの要請した《厳密性と魂の事務総局》は日本に開設されるべきだろう」というプフォールマン博士の言葉が引用されています。
  完訳後半年を経て、日本の『図書新聞』2016年7月2日号に、岡田素之氏による書評「K・コリーノ著『ムージル伝記 全三巻』完結によせて」が7段抜きで掲載されました。おもにコリーノの伝記の内容についての書評ですが、翻訳については「全体はムージルに対する心のこもった優れた出来である」と評しています。

 

■ 本書が、今後のムージル研究に果たす役割と、早坂七緒のムージル研究の今後

 

  コリーノ著『ムージル伝記』は、個々のムージルの作品を研究する際にはまず目を通すべき基礎的文献であり、日本語を使用言語とする研究家にとってはきわめて有用です。充実した索引(人名には原語スペルと生没年を付した)や年譜は、ムージル研究家以外の方々にも活用していただけるはずです。

  もっか早坂七緒はプフォールマン著『ムージル』(rororo Monographie) を訳出中で近く刊行できることを希望しています。さらに著書”Robert Musil und der genius loci”の増補・改訂版に従事しており、これも数年中に実現させたいとの意向です。

 

■ ムージル研究に関する参考URL

 

http://www.musilgesellschaft.at/musilforum_online.htm

  国際ローベルト・ムージル学会のMusil-Forum-Online のトップ・ページ。右下の Musil International の Japan の項に、第三分冊刊行打ち上げ会の模様が載っています。このJapanの項は中央大学・早坂のウェブページのドイツ語コーナーにリンクしています。また左上のRezensionをクリックすると、『ムージル 伝記』の「あとがき」のドイツ語訳(抄訳)が掲載されています。

 

http://c-faculty.chuo-u.ac.jp/~nanaocor/

中央大学理工学部教授 早坂七緒ホームページ