• 中央大学で学びたい方
  • 在学生の方
  • 保護者の方
  • 卒業生の方
  • 一般・地域の方
  • 企業・研究者の方

インターナショナル・ウィーク
駐日ベトナム大使館ド・バン・チェン参事官講演会録

駐日ベトナム大使館 ド・バン・チュン参事官

駐日ベトナム大使館 ド・バン・チュン参事官

本日は大勢の皆さんにお集まりいただきました。この講演会には大使をお招きいただきましたが、日・ASEAN特別首脳会議議等があり、代わりに私が参りました。本日は、日越関係の中でも特にベトナムの経済発展についてお話ししたいと思います。大使からは、「中央大学の先生方と学生の皆様によろしく伝えてほしい。学業や仕事で成功をおさめることをお祈り申し上げる」との言づてを授かりました。今回の講演を機にベトナムに関心を持っていただければと思います。

ベトナムの基本情報

アジアといえば、ロシア、中国、日本などいろいろありますが、ベトナムはその中でも東南アジアに部類されます。ベトナムは社会主義共和国で、赤い背景に黄色い星の国旗です。面積は日本の九州を除いてちょうど同じくらいの大きさで、32万9千560平方キロメートルになります。人口は、現在約9千万人。45歳未満が総人口の65%を占めます。人口の87%がキン民族で、講演に先立って演奏された音楽はベトナムの中部の高原地帯に住んでいる少数民族のものです。大多数のベトナム人はデルタ地帯や海岸部に住んでいます。主な言語はベトナム語です。地理的には、インドシナ半島にあり、北部は中国です。西はラオスとカンボジア。気候は、日本のように北には四季があります。南は暑いので、雨季と乾季しかありません。

ベトナムの自然

ベトナムの自然と地図

ここにいくつかの写真があります。左上は、サパという町で霧に包まれていて、年間を通じて20度程度、中国の近くにあります。右側の写真は北の少数民族の田んぼで段々畑になっています。左の真ん中は珈琲畑。中部で採れます。その隣がリゾート建築が並ぶ美しい海岸線。有名な水上マーケットがあり、ベトナム南部に来る観光客のほとんどはここを訪れます。それからメコンデルタの米地帯の写真です。

では、ベトナムの地図を見てください。

ベトナムは、北、中、南にわかれています。かつてはベトナムがソビエト連邦を含んで12か国の社会主義諸国に存在していましたが、現在は社会主義制度を持っている国というと、ベトナム、中国、キューバです。ベトナム政府の外交関係の方針は「ベトナムは全世界の各国の友人であり、信頼できるパートナである」ということで、現在、ベトナムは180か国との外交関係があります。また、200か国の地域との貿易体制を構築しています。もちろん、日本とも良い関係を築いています。国家首脳間の交流においては、今年、日本と国交樹立40周年にあたるため、ハノイ市、ホーチミン市のような大都市でもお祭りや儀式が多数行われています。今までにもこういった交流のためのお祭はありましたが、今年は40周年ということで、日本でも10日間にわたって東京・代々木公園や福岡、大阪、名古屋で様々なイベントが行われました。

ベトナムの歴史

17世紀の初めには日本人がホイアン、フォーヒェンに訪れました。現在、ホイアンでは毎年7月半ばごろに日本大使館との協力によるホイアン―日本祭が開催され、たくさんの来場者で賑わっています。また、ベトナムと日本の貿易交流に関わる思い出の品がいくつも残っています。これは、当時日本人がベトナムに来て、貿易だけでなく、商業や生活も活発だったことを物語っています。また、ベトナム北部のフォーヒェンには、昔の日本の貿易関係者に関連する遺跡が非常にたくさん残っていました。ここには、日本人のお墓があり、これについて研究もなされています。

また、1906年には東京義塾運動(略語:東遊(ドンヅー)運動)がありました。潘佩珠(ファン・ボイ・チャウ)というベトナム人の愛国人が1905年に来日した際、人材育成の大切さを説かれ、翌年日本に優秀なベトナムの青年200人以上を留学させたというものです。その潘佩珠の石碑が静岡県袋井市にあります。そこには、日本に対する支援への感謝の気持ちが彫られているとのことです。これは、日本とベトナムが長い間、深く結びついていた証です。

そして1973年9月21日、日本とベトナムの間で正式に外交関係が樹立され、今年で40周年になります。1992年から日本は対ベトナム援助を再開し、諸外国からの二国間援助実績で、今まで日本は常に1位でしたし、現在は日越間で1週間に47便の直行便が運航されています。1995年9月には、二重課税防止協定を結び、大きな貿易の進展がありました。そして2003年11月、日越間で投資環境改善に関する共同イニシアティブを結びました。1986年時点までにベトナム経済は計画経済で、すべての組織活動は国が定めていました。しかし、1986年に計画経済から市場経済に舵をきったことを皮切りに外国投資家を呼びこむようになりました。この市場経済の中で、日本の投資家をたくさんベトナムに招く計画があり、2004年12月には投資奨励及び保護の協定が結ばれ、2006年8月には科学技術協力協定を結びました。それは日本の科学技術が世界トップレベルだからです。ベトナム人は聡明ですが、まだ経済的に裕福ではありません。将来を担うベトナムの若い人たちのために、2008年12月には、日越経済連携協定の署名がされました。さらに2010年10月に両国は「アジアにおける平和と繁栄のために戦略的なパートナーシップを包括的に推進する」ための共同声明を発表しました。これは日本とベトナムの経済発展に注目するだけでなく、もっと広くアジア全体を視野に入れたものです。国を発展させるには平和と安全が必須です。これはベトナムだけでなく、アジア地域、さらには世界において必要なものです。平和はベトナムにとってとても尊いものです。

ベトナムと日本の関係は、他国との関係とは異なります。2006年10月~2013年12月までは、書記長、国家主席、ベトナムの首相が、日本へ訪問しています。そしてこの訪問の後に、必ず日本とベトナムが新たな発展を遂げているのです。

2013年2月には安倍首相がベトナムに2回目の訪問をしました。これは、特別な訪問でした。通常、日本には首相が就任すると、まずアメリカを訪問しますが、今年は東南アジアでいろいろあった関係で、最初の訪問地がベトナムとなりました。そして今日まで安倍首相は東南アジアのほとんどの国を訪れています。

ベトナムの経済

この20年間の平均経済成長率は約7%です。これは、ベトナム人の大変な労力によるものですが、ベトナムの自心力のみならず、他国、特に日本の支援があって、このような伸びとなっています。ピークは1995年の9.5%ですが、これはスタート時が低かったためです。ベトナムは1945年にフランスから独立を成し遂げました。1965年までは18%で、これはフランスとの戦争が終わり、何もなかった時代から国を再建したからです。2002年~2008年には約8%以上の成長率がありました。最近では、少し足踏み状態で、6~7%を推移しています。私たちはこのまま高い成長率を維持したいと思っていますが、なかなか難しい面もあります。

ベトナムに対する日本のODAは、1992年~2013年までトータルで230億米ドル。諸外国からの対ベトナムODAの総額において、最大の援助国は日本、2位が韓国となっています。これは、おそらく皆さんがベトナムにいらっしゃったときに、空港、道路、港、橋、桟橋など、ほとんどの建設物に日本の国旗とベトナムの国旗があることでわかるはずです。日本をはじめとする諸外国からの援助でベトナム政府がインフラ整備をし、社会基盤を構築しました。これは日本の監査でも高い評価を得ています。2008年からは外国直接投資の国として日本が1位になっています。中国に対する日本の投資案件と比較すると少ないのですが、これは人口規模が小さいからです。2014年の投資案件はさらに増加すると思います。現在ベトナムに投資している日本の企業の67%が黒字経営です。これは日本にとっても我々にとってもありがたいことです。そしてその約6割の日系企業がベトナムでさらに経営拡張をしたいと考えています。

日本との輸出、輸入については、2011年の総額が211億米ドルとなっています。そのうち107億米ドルが輸出でバランスが取れています。2012年は輸出が135億米ドル、輸入が118億米ドルで、輸出が少し多いのですが、これはベトナムにとってはうれしいことです。2013年はまだ数字が出ていませんが、2012年よりも良い数字が出ると思っています。約290億米ドル、あるいは、300億米ドルになるといわれています。品目においては、ベトナムの輸出はまず原油、水産物、手工芸品、縫製、ゴム、お茶、靴など。原油はベトナムの東の海、バクホウ油田から採掘されます。そのほとんどは、ベトナムの企業とロシアもしくは日本の企業が合弁で開発しています。輸出先は日本です。東の海を渡ればすぐに日本ですから、中近東の3分の1の距離で運べますが、まだ量は多くありません。水産物や靴、木材加工品、手工芸品もそれなりに輸出されていますが、果物はまだあまり多くありません。しかし、ベトナム南部は果物の楽園です。6、7月になると、どこへ行っても果物が食べられますが、収穫に難点があり、あまり日本に輸出できていません。日本からの輸入は、主に電子部品、電子加工品で、日本の電子部品はベトナムで大変人気があります。そして現在は、こうした電子部品を生産する企業もベトナムに進出しています。

ベトナムの教育システム

日本と同じく12年間の教育制度ですが、日本が6,3,3,4制に対して、ベトナムは5,4,3,4制をとっています。現在、ベトナムでは受験競争が厳しく、1年生になるにも試験を受けなくてはなりません。子どもであっても休みなく勉強しなくてはならないのです。私も元は教師ですが、これは大変なことだと思います。子供本来の明るさをもつために、遊びも楽しむ時間を持つべきだと思います。ベトナムの子供にとっては今、これが問題になっています。

現在、識字率は約96%。これは嬉しいことです。小学校から高校までの学生数は約1千300万人で、教師の数は80万4千人、大学生数は155万人で、大学教員は4万9千人。短期大学生、あるいは専門学校生は145万人に対し、教員は2万5千人。日本に比べると、先生1人に対する学生の比率が高いのが特徴です。ハノイの小学校(重点校)では先生1人につき55~60人の生徒で、日本がこの先5年で目指すのが1学級30人ですから、ベトナムは日本の2倍となっています。ベトナムで日本のような教育が可能になるのにはもう少し時間がかかります。日本へのベトナム人留学生は多く、近年、非常に速いスピードで増加しています。修士課程、博士課程の奨学金の学生もたくさんおり、国費留学生数も安定的で、自費留学も増加しています。自費留学生数といえば、2010年は810人、2011年は1千111人、2012年は3千110人、そして今年約9千人を超えて約4倍の増加率です。これは、ベトナム経済が発展し、各家庭の収入が高くなり、留学が可能になってきたためです。日本への留学の理由としては、教育環境が良い、教育レベルが高い、社会の秩序が良い、子供の自立精神を養うためなどがあります。また、今年7月からベトナム人に対する入国ビザが緩和されたのも、留学生が増加している理由の一つで、その上、安倍政権の前の時期に円高の影響でもあります。今後さらにベトナム人留学生数は増加すると思います。ベトナムの子どもたちが日本で教育を受けられる環境づくりを整え、ベトナムの国づくりに貢献する人材が育ってほしいと願っています。

講演者プロフィール

駐日ベトナム大使館
ド・バン・チュン参事官 

1957年ハノイ生まれ。1977年貿易大学卒業。1990年から1年間日本へ留学。2000年に言語修士号取得(MA)。1997年~2010年まで貿易大学の教員を務める傍ら、2005年からベトナム・日本人材協力センター(JICA)所長も兼ねる。2010年7月に駐日ベトナム社会主義共和国大使館の教育訓練事務所長・参事官となり、現在に至る。