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社会変革期における技術者の教育について 中央大学理工学部助教授 高窪 統中央大学父母連絡会発行「草のみどり」1999.12(第131号)「教養講座」より転載 高度成長期,バブル期,そして社会変革期と文明が飽和して行くに従い,社会における工学系大学の役割が問われる時代になり,様々な場面で議論が行われるように成ってまいりました。ここでは,電子情報通信学会ソサイエティ大会特別企画で行われた議論をもとに,社会変革期における中央大学の取り組みについてご紹介致します。 本来,大学の工学部はエンジニアを育てる場所です。エンジニアは技術を道具として持つとともに,技術を使いこなす能力を持っている必要があります。しかし,現状の大学教育においては技術を教えるにとどまっており,技術を使いこなす能力の育成は企業の社会人教育にゆだねられてきました。社会変革期にさしかかった今日,企業でも個人に投資をして社会人教育に十分な時間を割くことができなくなってきています。さらに,技術大国に成長するに伴い,技術だけではなく,エンジニアに必要なものたとえば,情報管理,コミュニケーション(語学力を含む)等の手段を幅広く教育する必要が高まってきています。4年間という限られた在学期間に対して,エンジニアを育てるために必要な要素が増々ふくらんでいます。 21世紀に通用する技術者とは?教育の段階には,習う,教わる,指示される,批評される,任される,期待されるの段階があります。日本の教育課程では主に前半の課程のみが重視されており,このような教育環境のなかでは,能動的な技術者は育たず,極めて受動的な技術者が世の中に送り出されてきました。高度成長期や,バブル期においては,受動的なおとなしい技術者は歓迎され,一握りの能動的技術者により統括されて,極めて安定で機能的な生産体制を維持してきました。一変して,社会変革期にさしかかった今日では,独創性,発想,企業センス,カリスマ性をそなえた能動的な技術者が強く求められるようになりました。 米国の教育課程では能動的な教育課程にも力が注がれています。宿題一つを例にとっても,初等教育の段階から,答えが無数に存在するような多様性のある問題が出題され(日本では,たいていの宿題の答えは一つである),能動的な能力を鍛えることができるように工夫されています。 日本では,古くから,儒教思想(比較文化),コンセンサス社会,平和主義,恥の社会(沈黙は金)が美とされ,日本語の閉じた社会を築き上げてきました。このため,最先端の技術情報でさえも簡単に日本語で入手することが可能であり,日本語環境という過保護な恵まれた環境の中で,情報の鎖国が行われています。インターネットが普及してすぐ手の届くところに無限の情報があるにもかかわらず,日本語のブラウザを立ち上げて身近な情報に満足している学生がほとんどであると言うのが現状です。日本語ベースのインターネットでは英語ベースに比べて情報が限られてしまいます。米国に習う必要はありませんが, 21世紀に向けて,日本の技術者が生き残るためには,覚えるを越える段階の教育,ディベート,英語教育(英語に限らず自分が必要とする情報を選択的に取得するためのコミュニケーション手段に関する教育),挑戦を賛美する環境を充実していく必要があります。 企業が大学に望むこと高度成長期における一つの柱となってきた半導体産業を例にとると,限られた設計面積の中にカスタム設計(応用に従って専用の個別集積回路設計を行うこと)を行って集積回路を作っていた時代には,設計に関する理解力を持つ職人的な技術者が求められてきました。集積回路技術の進歩にともない,限られた設計面積の中に十分な回路を集積することが可能になり,高性能な汎用LSI(多目的に使えるマイクロプロセッサなど)が実現できるようになりました。汎用LSIの時代には,統合型技術力が求められました。さらに,今日では限られた設計面積の中にシステムを作り込むことが可能なほどにまで微細化加工技術(細かい加工を行う技術)が進歩しました。システムLSI(システム全体を一つの集積回路上につくりあげたもの)の時代になると,システム力,高い専門性に加えて,どのようなシステムLSIを構成していけばよいかを顧客市場の要求を加味して判断する力が求められるようになってきています。このように,今日,企業では,競争力,システム力,課題解決力,協調性を持って個を発揮する力が求められています。 また,国際会議における発表機関の比較をすると,欧米では大学と企業の共同研究が非常に多いが,日本からはこのような例は少数です。今後の課題として,大学と企業の共同研究を促進していく必要があります。それには,テーマの選定,分担の明確化,知的権利,試作等の点で様々な阻害要因がありますが,どのようなことが可能であるかを見つけだしていかねばなりません。 企業が作る製品がより高度に複雑化するにしたがって,大学と企業の共同研究の場も狭まると共に,企業が要求する学生の質もますます高まっています。社会変革期を迎えて,変化する企業と大学間の溝をいかにして埋めていくかが今後の課題です。 インターンシップ企業と大学の隔たりをなくすための一つの取り組みとして,いくつかの大学では大学在学中に学生を企業実習に出す試み(インターンシップ)が行われています。全国のインターンシップ実施率は,1998年では,大学26%,短大10%,高専74%です。実施学年は主に3年次,実施時期は夏であり,ほとんどが1~2週間程度の長さとしています。企業サイドとしては受け入れ期間を1~3ヵ月とし,しっかりとした実務訓練を実施したいが,大学サイドは夏休みを利用して2週間から4週間程度としているため,短い期間では実務プログラムを組み難いという問題がありあまりうまく機能していない現状があります。 近年,通産省では首都圏情報産業インターンシップモデル事業を推進し,昨年度の実績では,1都10県の233校にダイレクトメール,65社にコンタクトをとったうちの,32校20社の間で94名の派遣が成立しています。派遣期間は2~4週間で,夏休みを利用しています。今後もインターンシップモデル事業は継続される方向にありますが,日本におけるインターンシップは様々な問題点をかかえています。中央大学でも,世の中の動きに対応して,多様性のある様々な制度を整備しています。 米国でも同様に,インターンシップが盛んに行われていますが,こちらはうまく機能しています。学生は自分自身を直接的に売り込むことにより,受け入れ先の企業を見つけてきます。能動的な教育を受けた学生にとっては,自分の能力を試す格好の舞台となっています。日本における受け身の教育がインターンシップ普及の邪魔をしていることになります。ここでも,あてがい文化からの脱却が要求されています。 社会変革期における大学教育社会変革期を迎えて,これからの大学は様々な問題を抱えています。少子化により18歳人口は1992年に200万人,2009年に120万人と減少し大学の大衆化と統廃合が起こります。高校教科内容の簡単化にともない,大学卒業時の質の保護のためには,専用の補完カリキュラムが必要とされます。また,多様な入試システム(社会人入試等)の必要性,高齢化社会における生涯教育機関としての役割,終身雇用制の崩壊に伴う技術者の流動化,企業内の教育困難,経済と市場の地球規模化,企業の多国籍化(国際エンジニアの必要性),等の社会構造の変化とその要求に対応していく必要があります。 また,近年のうちに,技術者の認定機構が設立される方向にあります。これにより,技術の継続性が問われるようになります。認定大学が公開されるようになると,企業は認定大学から学生を採用するといったような時代が着実に近づいています。教員を充実するに当たり,論文だけでなく実務経験(特許等)の豊富な企業出身教員の必要性も高まっていきます。 これらの要求に対して,中央大学では,教養と専門の適切な組み合わせによる効果的な専門基礎教育,英語によるコミュニケーション・プレゼンテーション・技術英語等の語学教育,専門教育,教育方法の改善(実験演習の充実,演習や卒研でプレゼンテーション能力を育成,効果的な宿題,単位認定制度等),人事システムの改善(企業と大学の人間交流),等の改善を行っています。 今後は,大学における能動的な教育課程を強化する必要性が高まるなか,現在の大学ではほとんど実施されていない宿題学習の余裕を持たせるために,国の方針として将来的に最高履修単位数の制限を強化する(半期最大15単位)ことが決まっています。この制度が有効に機能するかについては賛否両論ありますが,企業と大学の溝,高校と大学の溝がそれぞれ広がるなかで,授業科目数が制限されると言う事態に陥ることは間違いありません。ゆとりの教育を能動的な教育課程の充実につなげていかなくてはなりません。 いずれにせよ,小学校1年生の教科書から理科が消えてしまった今日,12年後にどのような学生が工学部にやってくるのかが,とても心配でありますが,社会の変化に適切に対応していくことが急務であり,その努力を怠らない大学だけが,社会変革期においても使える技術者を世の中に送り出していくことができると考えます。 リンク |