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研究支援室(理工学研究所・研究開発機構・CLIP)

教養講座


機械や構造物の破壊事故を防ぐために材料の破壊に係わる学問−−金属疲労 中央大学教授 金澤 健二


中央大学父母連絡会発行「草のみどり」2001.9(第149号)教養講座から転載

16 年前,1985 年 8 月に 500 名を越える犠牲者を出したジャンボジェット機の墜落事故が起きた。これは客室と外界とを遮断する圧力隔壁という部分に発生し,成長した疲労き裂を見逃したためといわれている。

機械や構造物はその寸法の大小にかかわらず,必ず何らかの材料によって構成されている。その材料の種類は,身の回りを見渡して頂くとわかるように千差万別である。それらは,金属材料,セラミックス材料,高分子材料,そしてそれぞれの材料の特徴を生かし合うために組み合わされた複合材料とに,大きくグループ分けすることができる。

図1:材料と使用環境との係わり

図1:材料と使用環境との係わり

機械や構造物を構成する材料は単に材料として存在するのではなく,最適な形状,寸法に加工され,組立てられて,機械や構造物に求められる機能を果たすために重要な役割を担っている。そのため材料のおかれる環境は大変厳しいものとなることが多い。材料の置かれる環境としては,力学的環境と雰囲気環境に大別されよう。材料と材料を取巻く環境との係わりを図に示す(図1)。

力学的環境とは材料にかかる力のかかり方で,力としては引張り(ゴムひもを引張ると伸びる),圧縮(ラッシュアワーの電車でつぶされる思いがした),曲げ(割り箸を 2 つに折るときにかける力,鉛筆の芯が折れるのは芯に曲げの力がかかるから),ねじり(濡れたタオルを絞るときの力のかけ方)などがある。さらにそれらのかかり方としては,ゆっくり静かにかかる,力がかかったりかからなかったりの繰返しでかかる,衝撃的にかかる,などがある。

同じ材料でも,力のかかり方によって全く異なる現象が生じる例を紹介しよう。大学の講義でも黒板を使用することが多い。黒板に字を書くためのチョークを何らかの拍子で床に落とすと粉々に砕ける。これは,チョークに衝撃的な力がかかったためで,茶碗やガラスのコップを床に落としたようなものである。使い始めの長めのチョークの場合,字を書くときの力の入れ加減で折れることがある。これは大きな曲げの力がかかったためで,この場合,チョークは軸にほぼ直角に二つに折れる。多少の力を必要とするが,チョークを引張ったときにも同様な壊れ方をする。チョークを無理にねじったらどうなるだろうか。部分的にチョークの軸に 45 度傾いた面にそって破壊し,引張ったときの壊れ方と明らかな相違が見られる(図2)。このような相違は,チョークの持っている材料としての特性と,力のかかり方との関係で生じるものである。毎年このことを新入早々の学生の前で実演し,壊れたチョークを手に取らせて見せているが,多くの学生はその事実に驚き,不思議がり,どうしてそのようになるのか,疑問を抱くようである。

曲げによる破壊

曲げによる破壊

ねじりによる破壊

ねじりによる破壊

図2:チョークの壊れ方の色々

われわれの生活する雰囲気環境は,四季により多少の温度の変化はあるが,常温大気である。しかし,機械や構造物のさらされる雰囲気環境としては,氷点以下の低温や何百度といった高温の場合もある。また大気ではなく,真空や種々のガス雰囲気環境とか,水や海水,酸,油などの液体雰囲気環境などさまざまな場合がある。

機械や構造物を構成する材料としては,このような使用環境のもとで十分に耐えるように適材適所の材料が選択され,形状,寸法が設計されている。しかし,もし機械や構造物の使用中,稼動中に,構成する材料が何らかの損傷を受け,破壊するようなことがあったらどうなるか。機械・構造物としての機能が果たせなくなるだけでなく,人命や社会生活に多大な影響をおよぼす重大な事故になる可能性も生じてくる。

残念ながら,冒頭に挙げたジャンボジェット機の墜落のような大事故は,現実に起こっている。

機械や構造物の安全性に寄与するために,材料の損傷や破壊の現象を扱う学問体系として材料強度学という学問がある。材料はもとより,その使用環境の組合わせにより,扱う範囲はかなり広範なものとなる。

その中でも金属疲労は重要な分野を占めている。今日の機械や構造物の破壊事故原因の 50 %以上は,金属疲労が何らかの形で関与しているといわれている。機械や構造物の重大な事故などが起こると,「金属疲労」の活字が新聞紙上に見られることもしばしばである。

金属疲労については,多くの読者の方も身近に経験されていることと思う。針金を繰返して曲げると切れた,缶詰のふたを缶切りで開け,最後のところを繰返して曲げて切り取った,乱暴に扱ったため家電製品のプラグの所でコードが断線した,などなど。一度だけ引張ったり曲げたりしても壊れないような力でも,それを繰返すと最終的には破壊してしまう現象が疲労破壊である。人が働きすぎると疲れ,時には過労死といった悲劇もあるように,機械や構造物を構成する材料も,使用過程,稼動中に受ける繰返しの力により疲労し,ついには破壊に至ることもあるのである。

金属疲労という現象が工学的に認識され,研究され始めたのは 150 年以上も前にさかのぼる。それは鉄道の発達に伴い,鉄道車輌の車軸の折損事故が続いたことによる。新しい技術の開発・進歩に伴いそれまでは気の付かなかった現象が認識されるようになったことになる。鉄道の車軸は曲げられた状態で回転することから,繰返しの力がかかることになり,疲労破壊の起こる力学的環境にさらされていたことによる。

今日の鉄道車輌の車軸,例えば新幹線の車軸についても同様な力学的環境にさらされてはいるが,疲労破壊に対して万全の対策がとられているため,当然のことではあるが車軸の折損事故は起こっていない。

疲労破壊に対する対策としては,材料が疲労破壊を起こすか起こさないかの限界(通常それを疲労強度とか疲労限と呼ぶ)が調べられ,疲労強度に及ぼす種々の力学的条件や雰囲気条件の影響因子が明らかにされてきた。そして,機械や構造物においても,構成する材料がその使用期間中に疲労破壊が生じることのないような設計がなされてきた。

しかし 1950 年代,大量,高速輸送の必要性からジェット旅客機の開発が進められたが,最初に就航したジェット旅客機コメット機が空中分解するという事故が起きた。実機を用いた地上での徹底した調査により,事故原因は窓枠近くにある取付け穴から疲労による割れ(き裂ともいう)が発生し,それが徐々に大きくなった(き裂の成長という)ことによるものとの原因が明らかになった。

以来,疲労き裂の成長速度に関する研究が進められたが,この場合も新しい技術の開発・進歩に伴い,それまでは気の付かなかった現象が事故を通して認識されるようになったことになる。そして,一連の研究の成果をもとに,機械や構造物によっては疲労き裂の発生やある程度の成長を許容するような設計もなされるようになった。

このように金属疲労の研究を見ると,事故をもとに研究が進み発展してきたといっても過言ではなく,これは材料強度学全体の発展の歴史においても通ずることである。

しかし,16 年前,ジャンボジェット機の墜落事故が起きた。しかもその原因には金属疲労が関係していたのである。

また,1995 年には,国のプロジェクトとして開発を進めていた,新しい形式の原子炉である高速増殖炉「もんじゅ」において,高温の液体ナトリウムが漏洩する事故が起きた。これは液体ナトリウムの温度を計測するために挿入されていた管が,ナトリウムの流れによって生じた振動によって繰返しの力を受け,疲労破壊したことによるものである。高温のナトリウムというこれまでの技術では経験したことのない雰囲気環境ではあったが,疲労現象に対する認識が十分にあったにもかかわらず,事故が起きてしまった。

これまでの科学技術は失敗,事故の経験をばねにして発展してきたといえる。それを支える材料強度学の学問の発展においても同様である。全く未知なことを予測して対策を立てるということは困難である。しかしこれからは,新しい技術分野であっても,その開発過程においてこれまでのように失敗,事故を積重ねるわけにはいかない。「もんじゅ」やH2ロケットの事故は,開発すべき最先端の技術課題があまりにも多くあったために,金属疲労という 150 年以上に及ぶ学問,技術の蓄積が見落とされてしまったからと考えられなくもない。

金属に限らず,広く材料の疲労に関する研究は現在でも全世界でなされ,毎年膨大な数の研究成果が発表されている。今なお重要な課題が残されているということである。材料の疲労破壊に関する認識を広く若い世代の技術者に引継ぎ,新聞紙上に「事故原因は金属疲労か?」などの見出しが出るような事故が起こることのないようにしたいものである。

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