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研究支援室(理工学研究所・研究開発機構・CLIP)

教養講座


コンブ・ワカメの話 —我々は何を食べているのか—
理工学部教授・生命科学科 小池裕幸


中央大学父母連絡会発行「草のみどり」2009.7(第227号)「教養講座」(第209回)から転載

海藻と日本人

日本列島は周りを海に囲まれている。そのため海産資源が豊富である。これは魚介類に限ったことではなく、海藻類も、その種類とともに量も多い。そのため昔から日本人は海藻を食べてきた。現在の日本人は一年間に約1.4 kgの海藻を食べており、これは韓国に次いで世界で二番目の消費量だそうである。ほとんどどんなものも食材にしてしまう中国でも、こと海藻については、韓国、日本には遠く及ばない。日本で海藻は年約65万トン収穫されているが、そのうち8割は養殖ノリである。残り2割はいわゆる“自然の恵み”として生えている海藻ということになるが、これらはほぼ全てコンブとワカメである。

日本人がたくさん海藻を食べるのは、ただ単に日本列島が海に囲まれているという理由だけではない。日本列島は南から黒潮が、北から親潮が流れ込み、ちょうど列島沿海でぶつかり合い、それがよい漁場を作っている。ただし、魚が大量に繁殖するためにはそれの餌になるプランクトンが大量に発生する必要がある。しかもプランクトンの中でも、光合成によって増殖する植物プランクトン、いわゆる藻類が繁殖する必要がある。藻類が繁殖する条件は親潮と黒潮のぶつかりだけではなく、陸側からいかに藻類の増殖に必要な栄養分が海に供給されているか、ということにも依存する。日本の河川は非常に傾斜が急で、浸食作用が大きく、しかも降水量が多い。したがって、日本の河川は陸の栄養分を大量に海に運び込んでいる。これが、列島沿岸に海藻が豊富に繁殖する理由の一つになっている。

海藻とは

わたしたちが食べている海藻は大きく3つの種類に分かれる。それらは、紅藻、緑藻、そして褐藻類と呼ばれる。紅藻類には、おむすびやのり巻きに使われるアマノリ(アサクサノリ)や寒天の材料となるテングサ、海藻サラダにのっているトサカノリ等が含まれる。緑藻類としてはアオノリが、汁物や磯辺揚げ、たこ焼きに使われている。そして褐藻類にコンブ、ワカメ、ヒジキ、モズクといった、非常におなじみの海藻が含まれる。

海藻類が大きく3種類に分かれると述べたが、これは漢字で示されているとおり、それが生えているときの色によって分類されている。正確には色のみで分類されるのではないが、非常にわかりやすい分類指標であるので、現在でもこの言葉が使われている。ところでその色であるが、紅藻は名前の通り紅い(実際には赤紫)色をしている。ただし、青緑色をした紅藻もいるので、紅くないからといって紅藻ではないというわけではない。緑藻はわたしたちに一番なじみのある緑色の色調をしている。実際何億年も昔に、現在の緑藻の祖先が陸上に進出して今の陸上植物にまで進化し、繁栄するようになったのである。その意味で緑藻類は、陸上生活をするわたしたちにとっても身近な存在といえる。

さて、褐藻類である。これも名前のごとく生えているときは褐色をしている。というと売っているワカメは緑色をしているじゃないかと言われそうであるが、あれは収穫した後茹でて塩蔵、乾燥したもので、生えているときには褐色なのである。これを茹でると一瞬にして鮮やかな緑に変わる。したがって、売られているワカメは生きているときの色を反映しているわけではない。実際にコンブは天日干しにされるだけなので、売られているものも茶色い色を残している。

ところで海藻とは、海中で生活する藻類のことを指す。では、藻類とはどのような生き物なのだろうか。実は藻類というのは生物学的には非常に曖昧な概念である。あえて定義しようとするなら、「水中生活する光合成生物のうちで、原核生物を除いた生物」ということになる。ここで原核生物という耳慣れない言葉が出てきたが、これは、細胞の中に核膜で仕切られた核を持たない生物をいう。生物は、その細胞が核を持つか持たないかで、非常に大きく二つに分けられる。前者を真核生物、後者を原核生物と呼ぶ。核というのは、遺伝情報が書き込まれた巨大分子であるDNA(デオキシリボ核酸)をコンパクトに収めているものと考えていただければよい。したがって、真核生物はDNAが核の中にあるため、すなわち核膜で仕切られているため、細胞中の他の成分(細胞質)と直接接することはほとんどない。しかし、原核生物は核膜がないために、DNAが細胞質に直接接していることになる。したがって、その遺伝情報に従ってタンパク質を合成する方法も両者では異なっている。

藻類の起源と分類

前置きが長くなったが、要するに海藻とは藻類の中で海中生活をするものであり、藻類とは光合成をする真核生物のことになる。というと光合成をする原核生物も論理的には存在するということになるが、実際光合成をする原核生物が存在し、それらはラン藻類と呼ばれている。日本人はラン藻類も昔から食べていて、一番有名なのが、江戸時代に熊本藩主から将軍に献上されていたスイゼンジノリ(水前寺海苔)である。今では高級食材として料亭で出されているということで、わたしはまだ食べたことがない。そのほかにアシツキ(葦付き)とかキブネノリ(貴船海苔)と呼ばれる、一般名イシクラゲと呼ばれるラン藻類も食べられてきた。こう考えると日本人は実に多様な藻類を食べてきたということになる。わたしの研究材料はラン藻なのだが、最近はラン藻というと、夏に湖で発生するアオコで話題になる方が多く、あまり良い印象を持たれないかもしれない。しかし湖の水質も年々良くなってきてアオコの発生も抑えられるようになったので、ラン藻のイメージも少しは良い方向に転じてくれるようになったのではないかとひそかに思っている。

光合成をする真核生物は、その細胞中に光合成を行う特別な器官(細胞小器官)を持っている。これは葉緑体と呼ばれ、包膜と呼ばれる膜で囲まれることによって、細胞中の他の成分からはっきりと区画されている。この葉緑体は、実は先ほど述べたラン藻類の遠い祖先が約20億年前に、その当時光合成をしていなかった真核生物の細胞中に入り込んで光合成を始め、それが最終的に細胞外で生きることができなくなったことで成立した、というのが現在の定説になっている(図1)。これは原核生物の真核生物への内部共生と呼ばれ、特に葉緑体が成立した過程は一次共生と呼ばれている。とすると、読者諸賢は二次共生、三次共生・・があるはずだと思われると思うが、正にその通りであり、実はそれが今回の主題となる話である。

図1 一次共生による葉緑体の成立過程の模式図

図1 一次共生による葉緑体の成立過程の模式図

前節でわたしたちが食べている海藻類は、その色に従って大きく3つに分かれると書いたが、この色の違いとは、実はそれらが持っている葉緑体の色の違いなのである。つまり、紅藻類は葉緑体が紅く、緑藻類は緑色をし、褐藻類は褐色をしているのである。それらの色の違いが海藻の色の違いになっているということになる。

しかし、葉緑体の成立という観点から見ると、紅藻類、緑藻類と褐藻類との間には見逃してはならない非常に大きな違いが存在している。それは結論から言うと、紅藻類、緑藻類(したがって陸上植物も)の葉緑体は一次共生によって成立したのであるが、褐藻類は二次共生によって成立したとされているという点である。二次共生とは、一次共生とは違って真核光合成生物(藻類)の、他の真核生物への共生のことを指す。つまり、一次共生は原核-真核生物間の共生で、二次共生は真核生物が真核生物の中に入って成立した共生ということになる。つまり、光合成をしている真核生物(藻類)を、“餌として食った”後にそのまま消化せずに残して光合成をさせ続けている間に、葉緑体にしてしまったもの、ということになる。その過程を模式的に示したのが、図2である。世の中には三次共生という現象もあり、これは、二次共生で成立した光合成生物が更にもう一度真核生物に飲み込まれて、元の生物が光合成を始めたものをいう。これには赤潮で有名な、渦鞭毛藻(ウズベンモウソウ)類が代表的なものとして含まれる。

図 2 二次共生によって成立した光合成生物。
飲み込まれた細胞の核は縮小し、最終的に消滅する。eの状態が、コンブ・ワカメを含む褐藻類

図 2 二次共生によって成立した光合成生物。
飲み込まれた細胞の核は縮小し、最終的に消滅する。eの状態が、コンブ・ワカメを含む褐藻類

我々は何を食べているのか

我々がコンブ・ワカメとして食べている褐藻類は二次共生によって成立したものである。ではまず、葉緑体になってしまった、昔光合成をしながら自由生活をしていた真核生物とはなんだったのだろうか。これは、様々な理由から現在の紅藻の祖先だったと考えられている。つまり飲み込まれたのは紅藻(の祖先)だったということである。では飲み込んだのはどんな生物だったのか?

コンブ・ワカメを含む仲間は褐藻類に分類されるということはすでに述べた。これら褐藻類に非常に近い仲間としては珪藻類が古くから知られている。珪藻類は顕微鏡サイズの藻類であり、しかも珪素を含んだ殻をかぶっているので食べることはできないが、珪藻土の元になっている藻類である。珪藻土という言葉には馴染みがないかもしれないが、“七輪に使う土”の元というと分かって頂けると思う。そのほかにも多くの藻類の仲間がいるが、それらをまとめて不等毛植物と呼んでいる。更にこの不等毛植物はストラメノパイルと呼ばれる非常に大きな真核生物の分類群の中に位置づけられている。このストラメノパイルの仲間としては、ラビリンチュラ類、卵菌(らんきん)類や、サカゲツボカビ類という仲間が含まれる。多分これらの生物の名前は馴染みがないと思うが、卵菌類には、いわゆるミズカビの仲間が含まれる。ミズカビは、もし金魚を飼っている人ならそうとは意識せずに見ているのではないだろうか。水底に沈んで放置されていた餌の表面に白い綿毛のようなものが生えることがある。それがミズカビである。

わたしたちがコンブ・ワカメとして食べている褐藻類は、ストラメノパイルという大きな生物のグループの中では、卵菌類に一番近いと考えられている(図3)。とすると、遙か昔(多分2億年ほど前)のある日、現在のミズカビのような生き物が紅藻を“食べた”のであるが、それを消化せずに置いておいたら、自分の体の中で光合成をして栄養を作ってくれるので、これを奇貨としてそのまま飼い続けているうちに褐藻に変わったというようなストーリーが考えられる。ということは、コンブ・ワカメを食べるということは、今のミズカビと共通の祖先から分かれてきた生き物を食べているということになる。というようなことを書くと、コンブやワカメをもう食べたくないと思われる方がいるかもしれないが、これは決して、今のミズカビを食べているということではない。恐竜がいた約2億年前にその様な“事件”がおき、その後飲み込んだ元の細胞も長い年月を経て変わってきて、今のコンブやワカメになったのである。

図3 ストラメノパイルの系統関係

図3 ストラメノパイルの系統関係

実は二次、三次共生によって光合成を始めた生物は結構たくさんの種類がいるということが最近分かってきたし、更に、光合成をやめて再び他の微生物を食べる生活に戻ってしまったものもいるということも分かってきた。したがって、わたしたちが昔学校で習ったような、「光合成をする生き物イコール植物、そうでないものイコール動物」というような固定化された境界が存在するのではなく、その両方を行ったり来たりする生き物も意外といるというのが現在の生物学におけるとらえ方である。

生物は進化する。それはいつの時代でも起きている。しかも自分自身がゆっくりと少しずつ変わっていくというものだけでなく、光合成生物を自分の中に取り込むというような、ジャンプして進化してしまうような現象も存在するのである。ある時は何千万年もかけてゆっくりと、またあるときは細胞内共生により一気に別のものに変身するのが生物である。このように、生き物というのはその時々の状況に応じて色々なものに変わっていく、正に融通無碍という言葉がぴったりの存在である。