研究支援室(理工学研究所・研究開発機構・CLIP)
教養講座
赤ちゃんを科学する⑤
文学部教授 山口真美
朝日新聞 2007/11/4 日曜版s7面 朝日新聞社から転載許諾を得ています。無断転載禁止。
動きは見えても形は・・・
赤ちゃんにとって、世界はどう見えているのだろう。
生まれたばかりの赤ちゃんでも目は見える。しかしながら見えるとはいっても、この時期の赤ちゃんの脳は未熟。脳からいうと、赤ちゃんの見る世界は大人とは全く違うものと思われる。
なぜなら世界は目だけで見ているわけではないからだ。目から入った情報は脳に届き、脳が解釈する。世界は脳を通して見ているといえる。
山口真美研究室「赤ちゃんシアターの3ヶ月」参照
http://c-faculty.chuo-u.ac.jp/~ymasa/babytheater/index.html
たとえば脳の枠組みからいうと、世界は大きく「動き」と「形」に分けられる。右図のように、目から入った情報は、頭の一番後ろの「視覚野」に到達する。そしてそこから先で、「動き」と「形」に分かれるのだ。
「動き」は小さい赤ちゃんでも見ることができる。視覚野がじゅうぶんに発達していない、生まれて間もない赤ちゃんでも、反射的に動きに反応する。目の前に近づくボールを見せると、目をつぶって避けるのだ。私たちの実験でも、コンピューター・グラフィックスで作った「近づく動き」に生後二ヶ月の赤ちゃんが反応することを確認した。
一方で「形」を見る能力の発達は遅い。しかも早く発達する「動き」は、後から発達する「形」の見方を補助することができるらしい。
形を見る究極の能力に「主観的輪郭」がある。私たちは左図のように欠けた円で囲まれた中に、四角形を見ることができる。四角形の輪郭線はほんの少し、欠けた円の部分だけにある。残りの大半の輪郭線は頭の中で“主観的”に作られるのだ。
さてこの主観的輪郭、生後三ヶ月の赤ちゃんには見えにくい。そこで円の欠けた部分を動かして見せる。するととたんに主観的輪郭の四角形はしっかりと見えるようになったのだ。小さな赤ちゃんは、「動きは見えても形は見えない」、そんな不思議な世界に生きているのかもしれない。
驚くことに、先に完成するはずの「動き」を見る能力は、発達途上で壊れやすいという性質を併せ持つ。たとえば発達障害と呼ばれる人の多くは、動きを見る脳の経路にだけ障害がある。そのため、形が見えても動きが見えにくい状態にある。そしてこのような障害は普段の生活では表面化しないため、特殊な課題を使うことによって初めてわかるというのである。それによれば、動きを見る課題は弱いのに、形を見る課題は人一倍優れていることがわかっている。この話は来週だ。
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