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国文学専攻
修了生の声

国文学専攻博士前期課程2015年3月修了/小田垣有輝さん

小田垣有輝さん

私からは学部の授業と大学院の授業との違いと、大学院で得ることのできたもの、この二点を中心にお話します。
まず、学部と大学院の違いです。学部ではどちらかと言えば講義形式の授業中心で、ゼミなどの演習形式の授業に繋がりますが、大学院の授業はほとんどが演習形式です。様々な時代区分や国語学の分野まで演習を行いながらより深く専門的な知識・理論を学ぶことができます。また、授業の多くは少人数のため半期で数回の発表の機会を得ることができます。その分何度も発表の準備をしなければならないのでとても苦労しますが、インプットとアウトプットを頻繁に繰り返すことで、自分の知識を体系化するという大きな収穫に繋がります。
次に、私が大学院で得ることができたものについてお話します。大学院で培ったものの中で今一番大切にしているものは「学び続けたい」という意欲です。私は既に大学院を離れて高校教員の職に就いていますが、文学への興味が尽きることはありません。

この尽きることのない興味関心の源泉は間違いなく大学院の授業です。先ほども述べたように発表を繰り返していく中で、自分に何が足りないのか、自分は何を求めたいのか、ということを自覚することができ、その空白を埋めたいという欲望に駆られました。そしてその欲望は大学院を出ても膨らんでいます。
この「学び続けたい」という姿勢を得るきっかけをくださった大学院の先生方にはとても感謝しています。これからも学ぶ姿勢を大切にしながら、文学を通して自分と向き合っていきたいと思います。

小田垣有輝さん(2015年3月国文学研究科国文学専攻修了)(横浜隼人中学高等学校 国語科)

国文学専攻博士後期課程2013年3月修了/富塚昌輝さん

富塚昌輝さん

大学院で文学を学ぶことの魅力とは何でしたかと問われたならば、それは対話に満ちた場であったことですと答えます。対話にも色々あります。文学作品と対話することで、古今東西の人間、社会、文化について思考をめぐらせることができました。それは翻って、自らの人間観、社会・文化観を問い直すことにつながりました。
また、先行研究と対話することで、ある文学作品についてハッとするような清新な読み方を学ぶことができました。そのことによって自分の視野の限界や偏りを自覚するとともに、視野を広げる方法を吸収しようと努めることができました。
そして、何よりも、年齢、性別、国籍等々を異にする友人との対話によって、自分とは異なる物の見方に触れることができました。友人との熱い議論が深夜に及ぶことも珍しくありませんでした。そのような生きた対話の中であらためて思ったことは、どのような立場や文化にあろうとも、そこで生身の人間が生きているという当たり前の事実でした。

身の回りを眺めてみますと、そこで人間が生きているということを蔑ろにしているような言葉に出会うことがあります。それらの言葉は硬直しているが故に強く、分かりやすいが故に私たちを引きつけます。そうした言葉に引きずられそうになったとき、どのようにして踏ん張り立ち止まることができるか。私の場合、それは、あの人だったらどう考えるだろうか、この観点から見るとどう見えるだろうか、という、私の内に蓄えられた他者との対話によって、ということになります。ですから、私は、多様で柔軟な思考のためには内なる他者を多く蓄えることが大切であると思っています。そうしたかけがえのない他者との豊かな出会いに開かれていること、それが大学院の魅力なのだと思います。

富塚昌輝さん(国文学専攻博士後期課程2013年3月修了)( 徳島大学総合科学部准教授)