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ドイツ語文学文化専攻
修了生便り

ドイツ語を活かせる特許翻訳の道へ/山中奈緒美さん

私は、文学研究科博士前期課程独文学専攻に2009年から2012年まで3年間在籍し、学部時代(2004年から2009年)も含めると中央大学で8年間学びました。学部生の時には、テュービンゲン大学にて短期留学(1か月間)・交換留学(1年間)を経験し、いつかドイツ語を活かせる仕事が出来たらと思っていました。

その後夢が叶い、フリーランスで翻訳チェッカーの仕事を経験した後、ドイツ語・英語の翻訳サービスを提供する会社に入社し、現在もチェッカーを続けております。業務内容としては、社内翻訳者が翻訳した文書(主にドイツ語・英語の特許明細書(機械・電気・化学))を原文と照らし合わせながら読み、脱訳・誤記・表記ゆれなどがないかを確認するという、品質に関わる仕事に携わっております。

特許翻訳では、原文の内容・概念を正確に理解して忠実に訳すため、語学力だけでなく、特許・技術に関する専門知識や、的確な訳語を選択して裏付けを取るための調査力も必要とされます。特許翻訳のルールや技術の専門知識については、チェッカーの仕事を通じて日々勉強しています。語学力や調査力に関しては、大学院の少人数授業での専門的な学びや発表、修士論文を執筆する際の先行研究の調査や研究課題の設定・分析を通じて、学部時代よりも深く身に付きました。

また、独文の先生方の懇切丁寧なご指導のもとで、初めてドイツ語を勉強し、文学・言語学・歴史・文化などに関する授業や留学を通じて視野を広げ、学びを深めた、中央大学での学生生活は、翻訳に携わる仕事を選択する上で貴重な経験となりました。外国語を通じて様々な分野について学んだ経験は、現在、翻訳プロセスに携わることで、難しい技術分野について学ぶことの興味深さにもつながっています。

今後は、チェッカーと並行して、翻訳業務にも携わっていきます。先輩社員の指導を受けながら経験を積み、一人前になるには数年かかると言われておりますが、翻訳者として日本と海外との懸け橋になれるよう、これからも努力を重ねていきたいと思います。

山中奈緒美(文学研究科独文学専攻2009-12年在籍)(トランスユーロ株式会社 翻訳部)

自分にとっての大学院という場/古川佳尚さん

私は2012年から14年の2年間、中央大学大学院文学研究科博士前期課程独文学専攻に在籍していました。学部時代は中央大学総合政策学部に在籍し、第2外国語としてドイツ語を勉強後、1年間の交換留学(ベルリン・フンボルト大学、ドイツ)を経て、大学院へと進学しました。

現在はドイツ、そして主にヨーロッパの展示会に出展する日本企業のため、ブースの設計および施工をする会社で働いています。私は営業職ですので、ドイツ現地の施工業者に協力してもらい、ブース施工の現場監理を主な仕事としています。その為、年間100日以上、ドイツ・ヨーロッパ圏に出張し、ドイツ語を使って仕事をしています。

大学院では、自身の指導教授との授業だけではなく、他分野であっても少人数、時には院生1人と教授1人の1対1の授業も少なくありませんでした。専門外の授業であっても、ほぼ毎週発表を求められることもあり、1日の中で研究室で過ごした時間が一番長かった、という思い出があります。

大学院修了後、就職して4年目になる私がひとつ言えることは、「大学院は研究テーマを掘り下げて、更に研究するだけの場所、一般就職する人には全く関係のない場所ではない」、という事です。実際に、学部時代の私のドイツ語能力、年齢、経験などでは、現在の就職先には採用されるに至らなかったでしょう。

自分は何故この事を明らかにしたいのか、研究テーマを決め、明らかにしたいこと(目標)と研究方法(手段)は本当に合っているのか、ということを日々考え、行動するというのは自分の人生をどう生きるか、という事にも直結します。研究レベルでも、人生においても、こういった事を本当に深くまで掘り下げて、実践出来るのは大学院という場所なのではないかと、少し昔を振り返ってみて実感しています。

古川佳尚さん(文学研究科独文学専攻2012-14年在籍)(株式会社ノイ 営業部)

中央大学独文で学んだこと/今井敦さん

私が中央大学の学部と大学院に在籍していたのは1984年から93年のことで、9年間ですが、その後も3年半のオーストリア留学を挟んで2003年まで、非常勤講師としてここに来ていましたから、通算16年お世話になったことになります。この16年間で自分のものにすることができた最大の財産は何か、と考えてみると、二つあるように思います。一つは、単純に聞こえるかもしれませんが、ドイツ語です。母語ではない他の言語を学ぶこと、自分のものにすること、それは自分の中にもう一つの世界を作るようなものです。二つの世界を持っていること、それを行き来したり、比較したりできることは、素晴らしいことだと思います。とはいえ私が言っているのは、ツールとしての語学を身に着けるというような意味ではなく、他の言語を生きること、と言った方がいいかもしれません。

二つ目は、人生は自分の力で生きて行かねばならないということ、決断をするのは親でも、先生でも、友人でも、同僚でも、環境でも、時代でもなく、自分なのだという自覚です。大学生、大学院生の皆さんは、推測するにこのことを本当の意味ではまだ認識されていないのではないでしょうか。皆さんの周りの誰かが、皆さんの人生を決めてくれるわけではありません。皆さんにとって何が大切なのか、教えてくれるわけではありません。学ぶべきものが何か、卒業後どうしたらいいのか、教えてくれるわけではありません。ましてや就職先を紹介してくれるわけではありません。大学や大学院で提供されている学科や個々の授業科目は、凡て重要なものばかり、凡てが発見に満ちた道程です。しかし、一人の人間が短い人生で凡ての道を歩むことはできないので、選択しなければならない、けれども、自分で選んだのであれば、それを活かしていくのは自分次第であり、自分の責任です。このことがしっかり分かっていれば、今、目の前にあるものの難しさだけでなく、面白さ、奥深さ、輝きといったものが見えてくるのではないでしょうか。

今井敦さん(龍谷大学経済学部教授)

ドイツ語の教員をしています/長谷川弘子さん

私は、1991年から1995年にかけて中央大学大学院文学研究科独文学専攻で学びました。現在は大学でドイツ語を教えております。ここでは、<教員になるための学び>という点に話を絞って書かせていただきたいと思います。

まず、私は学部生のときに教員免許をとらなかったので、大学院在籍中に教員免許をとりました。当時も、大学院の独文学専攻前期課程を修了し、所定の教職課程の科目をおさめると、中学校・高等学校教諭専修免許状(ドイツ語)がとれました。同時に、教員実習がドイツ語でできない場合に備えて、中学校・高等学校教諭1種免許状(英語)もとりました。ドイツ語だけではなく、英語の教授法も学んだことは、より広い地域の教授法を知るという意味で非常に有益でした。

つぎに、大学院での学びについて書きます。思い出されるのは、大学院の演習がとても厳しいものだったということです。とても緊張しました。しかし、中央大学の諸先生方のお教えを直接受けることができた、ということは、私の教員生活を支える大きな誇りです。また、中央大学には、大学図書館だけではなく文学部各専攻の研究室に専門図書室があり、研究環境も非常に整っていました。独文研究室にはおふたりの室員さん(いつも笑顔でした!)がおられて、とてもお世話になりました。素晴らしい教育・研究環境のなかで、思いきり勉強することができた、人生のなかで最も幸福な時期のひとつであったと思います。

最後に、中央大学大学院での学びが私に与えてくれた最も大切なことを書きます。それは、<教員>という職業的な存在を支える基盤(専門知識と倫理観)の形成です。学生たちをなによりも大切に思うこと、謙虚に自分自身も勉強を続けること、社会を広く見ること、さまざまなことを学びました。しかし、なによりも感銘を受けたのは、先生方がみなとてもあたたかい心の持ち主で、古いことばでいえば義理人情を大切にする方たちであったことです。中大の先生方がなにげなく口にされたことばが、20年以上が過ぎたいまでもときおり私のなかによみがえります。いつまでも先生と呼べる人がいる、という幸せを強く感じております。

長谷川弘子さん(文学研究科独文学専攻1991-95年在籍)(杏林大学外国語学部教授)