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法学部
【活動レポート】小田 格 (法律学科3年)

「やる気応援奨学金」リポート(8) 華人と共に中国語学び刺激に 普通話と広東語の状況も調査

香港ドラゴン航空KA361便はまもなく香港に到着する。右は香港の鮮やかなネオン。左には幾分質素な澳門(マカオ)のあかり。そして正面を見ると中国大陸。はるかかなたの地平線までぼんやりとした光が続いていく。私の目にはそれぞれの夜景が自らの個性を強調しているように見えた。この地域の多様性を表しているかのように。
私は、8月の1ヶ月間、法学部の「やる気応援奨学金(中国語分野)」の給付を受け、中華人民共和国広州市及び周辺地域で活動する機会を得た。今回の滞在目的は広州の大学で行われる短期語学研修に参加すると共に、広州市周辺における広東語と普通話の使用状況を調べることである。

留学開始

香港赤角(チェクラップコク)空港に到着し、入国審査を終えた私は、何気なくゲートを抜けると、いきなり日本語で「今日は!」と声を掛けられた。無料のショッピングガイドを配るアルバイトの女の子たち。今度は私から質問してみる。
「你係學生呢?(君たち学生?)」
「係呀!你識講廣東話!?(そう!あなた広東語が話せるの!?)」
「識少少、不過講得唔係幾好呀(ちょっと分かるけど、あんまりうまくはしゃべれないよ)」
忘れもしない、この会話から私の留学がスタートしたのだった。珠江デルタ一帯の夜景と広東語のおしゃべりという最高のシチュエーションで迎えられ、一切の不安は消え去り、中国滞在に対する期待は一気に最高潮に達した。
翌日は午前中に鉄道を利用して広州へと移動。香港紅(ホンハム)駅から広州東駅へは高速鉄道で1時間半ほどである。前日の興奮覚めやらぬうちに広州に着き、タクシーで今回の語学研修先へと向かった。これから起こる数々の困難など知る由もなく……。
まず初日は入学や入寮の手続きである。私は日本で中国留学を経験した友人に学校での手続きの仕方などを聞き、ある程度どうすれば良いかは分かったつもりでいた。その上、留学生を受け入れる学校は外国人向けの対応がそれなりに出来ているだろうと高をくくっていた。
しかしながら、事務手続きは想像以上に困難だった。強烈なスピードのなまった中国語で説明をする事務員のおばさん。いくら待ってもやってこない教務主任の先生。日本から送った私の入学書類を学校側が紛失。ある意味、ここが中国であることを実感した。
どうにか事務手続きを終わらせたのだが、今度は宿舎の手続きで一苦労。日本で調べたところ学費や宿泊費は後日支払うことになっていたので、多額の人民元は持ち合わせていなかったのだが、当日払わないと宿舎に泊めてもらえないと言われたのだった。その上、「留学しにきているのにお金を持っていないとは何事か!」とお説教される始末……。
お説教を聞き終えると、泊まる所がなくては困るので、とにかく銀行へ行って両替することにした。手続きが難航したこともあってへとへとになり、校門の近くでぼんやりバスを待っていると、困っているのを察したのか2人の学生が声を掛けてきた。話をすると彼らは香港人の学生で、事情を説明すると銀行まで付いてきてくれ、両替の手続きをしてくれた。途中、中国での学生生活や香港ポップスの話題で盛り上がり、非常に楽しい時間を過ごすことが出来た。

彼らの助けがなければ、きっと両替を済ませるまでに何倍も時間が掛かっただろう。もしかしたら、営業時間内に両替の出来る銀行にたどり着くことすら出来なかったかも知れない。見ず知らずの日本の学生に長い時間付き合ってくれた彼らには本当に感謝の気持ちでいっぱいだった。
「多謝!(ありがとう!)」と言って、彼らと別れた後、事務室で支払いをし、どうにか宿泊出来ることとなった。が、めでたく初日が終了したと思ったら、部屋のクーラーが故障しているという落ちが付いていたのだった。

華人と学ぶ中国語

広州2日目からはいよいよ語学研修に参加することとなった。私は今回広州市にある曁南大学華文学院で四週間の間中国語の授業を受けたが、ここの語学研修はほかの学校とは一味違う。何が違うかというと、留学生の大半が華人なのである。私のクラスは日本人が私だけで、数人の韓国人のほかはみな華人だった。華人学生の出身地は欧米や東南アジアなどさまざまで、家庭や出身地の言語環境もそれぞれ異なっていたが、普段から中国語に接する機会は多いらしく、リスニング力と会話力は非常に高かった。
授業に参加すると、そのレベルの高さに驚愕し、中国語学習を始めて以来最大の挫折を経験した。私は先生の説明のスピードに付いていくことが出来ず、ただただぼうぜんとしていたのだが、周りの華人学生はほとんどの内容を理解しているようで、どんどん質問をしていた。自分だけ取り残されたまま授業はどんどん進んでいく。
それまでは、日本でしっかり勉強してきたという自負心があったし、それなりに中国語を理解出来ると思っていたが、授業参加1日目でそのような考えは吹き飛んでいった。当日は自分の能力ではどうにもならないという悔しさと今後どうすれば良いかということで頭がいっぱいだったことを覚えている。
それからは授業に付いていけるように毎日予習、復習、宿題、作文を続けた。しばらくすると授業にも慣れ、日々の学習のかいもあって内容もほぼ理解出来るようになった。クラスメートとも仲良くなり、先生と話をすることも多く、教室に行くのが本当に楽しみだった。
曁南大学華文学院での語学研修では、自分より上のレベルに触れることで現時点での欠点を認識することが出来たと思っている。留学前は具体的な次なる学習目標が見付からずもんもんとしていたのだが、上のレベルに触れることで新たな道筋が見えてきた。最初は華人が大半を占めるクラスには戸惑うことも多かったが、最終的には同年代の華人と共に中国語を勉強していることに喜びを感じ、ほかの地域では得ることの出来ない貴重な体験をすることが出来た。
そもそも私は、高校3年次にゼミ形式の授業で1年間華人社会について学習したことで中国語を学んでいこうと強く決意した経緯があり、今回の語学研修で当時の思いがよみがえり、改めて自分の中国や中国語に対するスタンスがはっきりし、学習意欲が一層高まった。

広州での生活

広州の夏は暑い。夜はとにかく蒸し暑くて寝苦しい。8月、広州での1ヶ月間は暑さとの闘いだった。特に歩き回るのは大変で、全身が汗でずぶぬれになることが多かった。また、気候面ではスコールにしばしば襲われ、外出する際は折り畳み傘が手放せなかった。
気温も湿度も高いため、宿舎は蚊とごきぶりだらけで、こちらにも閉口してしまった。夜中寝ているとごきぶりが飛んできて、顔の上をはい回ったこともあったし、蚊に刺されて顔がぼこぼこになったこともあった。毎晩寝る前は殺虫剤を手に、害虫退治をするのが習慣となった。
語学研修期間中は1週間のうち月曜日と火曜日は午後まで授業があり、水曜日から金曜日は授業は午前中だけ、土日は休みというスケジュールだった。午後授業がない日は主に広州市内でテーマ学習を行い、土日は近隣の都市に出掛けることが多く、夜は部屋で授業の予習・復習や宿題をするのが日課だった。

時折学校の近くのインターネットカフェに行き、日本の家族や友人とメールをしていたのだが、サッカーアジアカップが行われている時には「気を付けるように!」というメールが多数送られてきた。しかしながら、広州では暴動はおろか、その情報すら入ってきていなかった。街には日本代表のレプリカユニフォームを着ている若者さえいた。中国における地域差と日本との情報較差について考えさせられる場面だった。

普通話と広東語

私は大学1年次より広東語を学習しており、また香港を始めとして珠光デルタ一帯を数回訪れるうちに、この地域の言語状況に興味を持つようになった。そこで、今回の滞在では「広州市における普通話と広東語の使用状況を調べること」を活動テーマとし、広州や周辺地域の公共交通機関や街中で使用されている言語などについて調べてきた。
活動内容に触れる前に、簡単に普通話と広東語について解説しておくことにする。
普通話とは中華人民共和国の標準語である。日本で中国語、北京語と呼ばれているものは大抵この普通話を指し、大学の授業で教えられているものもこの普通話である(これまで文中で中国語と書いてきたものも同様)。この普通話は中国の北方方言を中心として作られた言語であり、「中華人民共和国国家通用語言文字法」にその使用規則が定められている。
広東語とは中国語方言の1つであり、使用地域は香港・澳門、広東省・広西壮族自治区周辺を始め、東南アジアや欧米の華人社会にまで及ぶ。
普通話と広東語の差違であるが、標準語と方言の差ということで、「日本の標準語と大阪弁くらいの違いだろう」と解するのは間違いである。広東語を学習しているとしばしば「方言など勉強してどうするの」と言われることが多いが、普通話と広東語の差違は外国語の差に匹敵する。どれだけの差があるか一概にいえないが、英語とドイツ語くらい異なると思っていただいて差し支えない。広州では話者にもよるが、日常会話の大部分は広東語で行われている。
広州において、公共交通機関でのアナウンスはそのほとんどが普通話と広東語の両方を用いて行われていた。バスは複数の会社と路線を調べたが、いずれも広東語と普通話でアナウンスがあり、地下鉄はこれに英語が加わる。広東語が街で使われているのだから公共交通機関のアナウンスでも使われるのが当然だと思われるだろうが、中国のほかの地域では中国語方言を用いてのアナウンスは極めて少ない。街中では広東語の方言字を用いた看板や車体広告なども発見することが出来たが、中国語方言を文字化して商業広告に使用することも中国のほかの地域では見られない。また、広州では地元に広東語のTV局があり、香港の無線電視翡翠台(TVB)もリアルタイムで視聴することが出来る。
広州では場所によって普通話と広東語が使用されている頻度が違った。例えば中国のほかの地域から人が集まる広州駅周辺は普通話の比率が非常に高いが、古くからの繁華街である上下九路付近では広東語の比率が高いように思われた。あと、私はしばしば移動手段としてバイクタクシーを利用していたが、バイクタクシーの運転手の半数以上は広東語を話すことが出来なかった。これに対し、所得の高い層は広東語話者の比率が多いように感じた。 
今回は東莞、番禺、彿山、順徳など広州の周辺も見て回ることが出来たが、広州市と状況はほぼ同じだった。これらの地域を訪れることで、広東語の地域共通語としての重要性を強く感じる一方、普通話の必要性もまた再認識した。発展が目覚ましい珠江デルタ一帯であるが、それを支えているのが地方からの出稼ぎ労働者であるということも忘れてはならない。普通話があるからこそ、彼らが広州やその近郊で働くことが出来るというのも事実である。
その一方で、今でも母語が広東語である子供たちが学校において普通話で教育を受けなければならないというのにはいささか疑問を感じる。普通話と広東語のバランス、そしてこの地域の人々と言語の関係における正義と平等とはいったい何なのか、しばしば考えさせられた。

香港、澳門、深圳

今回の滞在では行政特別区の香港と澳門、そして経済特区の深圳(シンセン)にも行ったが、この3カ所は広州周辺と状況がかなり異なる。香港と澳門はそれぞれ広東語が公用語としての地位を得ており、街中に広東語があふれ、新聞や雑誌などの出版物における広東語の使用率も高い。
これに対し、返還後普通話の需要も増してきているようだが、あくまで中国本国とやりとりをする際に使用し、学校で学習する外国語という位置付けである。また、香港では英語、澳門ではポルトガル語がそれぞれ公用語として依然使用されている。
経済特区の深 は地理的に香港と広州の間にあるにもかかわらず、普通話の使用率が非常に高い。バスなどのアナウンスも普通話のみの場合がほとんどである。これは深 が新興都市であり、全国各地から人々が集まっているためである。もちろん、広東語も使用されてはいるが、その状況は広州とも香港とも異なる。
非常に狭い範囲に位置する広州、香港、澳門、深圳であるが、言語の置かれている状況は大変に異なっている。これはそれぞれの歴史的、制度的背景に起因するわけだが、そういった要素がそこに住む人々に与える影響を言葉の面からもうかがい知ることが出来るのである。

留学期間を振り返って

留学期間を振り返ると、休日広州近郊と都市の間をバスで移動している時のことを思い出す。例えば東莞から広州へ戻るバスの中。車窓から見える景色は南国特有のスコール、バナナややしの木、青々とした稲が1面に広がる水田、遠く広州の電信ビル、街道沿いの海鮮レストラン……。車内では広東語のFM放送が流れ、前の席のカップルは何やら普通話で楽しそうにおしゃべりをしている。
そんな状況の中、自分が今ここにいて、隣の席の男性と広東語で話をしていることが、何だか不思議に感じた。なぜ今、広東省の地方都市を回り、広東語をしゃべり、1人でバスに乗っているのか。ふとそんなことを考えてみた。
ただ、少し考えてみると不思議な気持ちは幸せな気持ちにさらりとシフトした。自分が今ここにいて、広東語をしゃべり、1人でバスの車窓から華南の風景を眺めているのは、ほかでもなく自分自身の決定があったからであり、これまでの中国に対する知識や語学力を駆使して今回の留学にたどり着いたのだ。そのすべてが昇華してこの状況を作り出している。今まで中国に関する学習を続けてきて本当に良かったと思った瞬間だった。
今回、曁南大学の語学研修に参加し、広州やその周辺での普通話と広東語の使用状況を調べることで、言葉と制度に関する関心が更に高まった。また、日々クラスメートと話し、授業を受ける中で、どのように自分を堅持し、表現すべきか考えさせられ、自分の意見をもっとストレートに、もっと自由に伝えるべきだと感じた。

そして、言語状況を調べることで、言葉とは何か、しゃべるとは、自分の気持ちを伝えるとはどういうことなのかというコミュニケーションの根本的な問題とも接することが出来たと思っている。
私は中国と接していて、しばしば捕らえどころのない、よく分からない国だと感じる。しかし、だからこそもっと深く付き合っていかなければならないと思う。そのためには、何か自分の興味の持てることから中国にアプローチしてみることが大切だ。1つのテーマを持つことで、中国が見えてくる。捕らえどころのない分、どんな興味にもこたえてくれる、中国はそんな国だ。そして、漠然としたイメージから脱却した時、中国の真の大きさを知るのである。

草のみどり 182号掲載(2005年1月号)

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