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法学部
【活動レポート】木下 由香 (法律学科3年)

「やる気応援奨学金」リポート(41) パリでフランス語学び充実感 伝統や文化の理解にも努める

はじめに

私は2007年8月5日から9月1日まで、法学部の「やる気応援奨学金」でフランスのパリに留学しました。
私がフランス留学を考え始めたのは1年生の秋ころでした。きっかけは、私のフランス語の授業を担当していた相田先生からフランス留学を勧めていただいたことでした。「やる気応援奨学金」については入学当初から知っていましたが、自分が海外に、しかもたった1人で留学するなんて考えてもみませんでした。というのも、私は司法試験受験を考えていたので、留学している暇などないと思っていたからです。しかし、夏休みに友達が留学したこと、勉強しているうちにとりこになってしまったフランス語を使って自分がどれだけ見ず知らずの土地でコミュニケーションを図れるかを試してみたかったことから、フランス留学への思いは日に日に強くなっていきました。ところが、両親からは個人で留学するなんて心配だから団体にするべきだ、と「やる気」での留学に反対を受けました。しかし、留学をするにあたっての手続きをすべて自分でやらなければいけないという点は、世間知らずの私が成長するためには良い勉強になると確信していたので、何とか両親を説得して「やる気応援奨学金」への応募を決めました。

ホームステイ

住居はホームステイを選びました。理由は、一般のフランス人の生活を体験したかった、フランス人とフランス語で会話したかったからです。
マダムはとても優しくて色々と気遣ってくれる良い人でした。家に着いた瞬間、「カルトオランジュ(メトロの定期)は買う気なの。買うなら今から駅に連れてってあげるわよ」と聞かれ、2~3日過ごしてから買うかどうか決めようと思っていた私はかなり焦りました。というのも、マダムが私の即決を迫っているような、妙な強迫観念に襲われたからです。「うわぁ、マダム怖いな」と思いましたが、少しまくし立てるような話し方が普通なのだと、生活するうちに分かってきました。しかし、私は長時間のフライトで疲れていたし、緊張もしていたので、「とりあえずマダムに付いていこう」と思って「買う」と言い、駅まで行きました。驚いたのはマダムが歩くのがとても早かったことです。私も歩くスピードは早い方ですが、53歳のマダムに付いていくのがやっとでした。
家に着いて、駅に行って、帰ってきて、夜寝る前まで、マダムは何かと私に話し掛けてきてくれましたが、六割くらい分かりませんでした。その分からなかった六割というのは、生活するうえでの取り決め事項でとても大切な内容でした。ここで適当にやり過ごしてしまうと、後で大変なことになると思ったので、何回も何回も同じ説明をしてもらいました。それでようやく理解することが出来ました。そして、1日目の夜寝る前にやったことは、「……しても良いですか」と「……したいです」を調べて紙にマジックで書いて机に張ることでした。普通これくらいの会話なら出来るはずだからあまり意味がないかも知れませんが、私にとってはこれが絶大な効果を発揮しました。2日目の私のせりふは8割がこの2つのせりふのどちらかでした。しかし、私がつたないフランス語で話し掛ける度に、マダムは笑顔で返事をしてくれたりアドバイスをくれ、本当にすてきな人でした。

パリの様子

ダイヤモンドフラッシュが美しい夜のエッフェル塔

フランスに留学するにあたり首都であるパリを選んだ理由は、フランスの伝統や文化を理解するうえでその中心となった首都を訪れることは重要であると考えたこと、以前から自分の目で見てみたい、訪れてみたいと思っていた美術館や歴史的建造物がパリに集中しているということでした。1年生の時のフランス語の授業では、フランス語の文法だけではなく、フランス語を通じて文化や歴史も紹介されることがあったので、先生のお話に出てきた場所はすべて行ってみたいという気持ちでいっぱいでした。具体的に回った所の一例を挙げると、ノートル・ダム・ド・パリ、サクレ・クール寺院、エッフェル塔、凱旋門、リュクサンブール公園、サント・シャペル、コンシェルジュリー、最高裁判所、ルーブル美術館、オルセー美術館……などです。また、パリ以外にも足を伸ばして、ロワール川の古城の一つであるブロワ城や、ジャンヌ・ダルクがイギリス軍から解放したとされるオルレアン、かの有名なベルサイユ宮殿なども観光しました。どこを観光していても、キリスト教の聖書の内容を再現するステンドグラス、歴史上の人物をかたどった彫刻、美しい美術品の数々が旅行者を魅了していました。私も今まで見たことのないような美しいものにたくさん出会い、ため息の連続でした。
しかし、今まで見たことのないものは、美しいものばかりではありませんでした。驚いたのは浮浪者が非常に多いということ。観光地の周辺には必ず物ごいをしている人がいます。その場合、大体は体の不自由な人か、もう働けなくなってしまったのだろうと思われる老人が多いようでした。また、私が毎日通っていたスーパーの前には、必ずいつも幼い赤ちゃんを連れた若いお母さんが紙コップを持ち「お金を下さい」と言っていました。またある時、道を歩いていると横断歩道の真ん中に寝ているおじさんがいて、「あのおじさんひかれちゃうけど良いのかな」と友達に尋ねると、「あれは車を止めてお金をもらうためにやってるのさ」と教えてくれました。メトロの駅にはホームからホームへの通路や階段の途中に、チャドルを着たイスラム教徒とおぼしき若い女性がうつむき片手を差し出してじっと座っていました。ホームで電車を待っている時に、衣服はぼろぼろでかなりの異臭を放っているおばあさんが目の前に立ちはだかり、「私はおなかがすいたんだ。もう3日も何も食べていない。だからお金をくれ」と泣き叫ばれたこともありました。

ベルサイユ宮殿の鏡の間

このような出来事は普通に日本で生活していたら、絶対に味わうことの出来ない体験でした。格差社会と叫ばれる現代日本においてもホームレスの問題は深刻ですが、まだまだ日本は目に見える貧富の差は、移民を多く抱えているフランスに比べて格段に小さいのかも知れません。日本人はこのような状況に慣れていないということも痛感しました。というのも、数カ国の友達と一緒に行動していた時、物ごいの人がお金をくれと言ってくることがありました。そのような時、欧米人は何回か小銭を渡していることがありました。しかし、私を含め、語学学校で友達になった日本人は一度もお金を渡すことはありませんでした。私はそういう人たちにお金をあげたり一瞬でもかかわったりすると、付いてこられてもっとお金を要求されるのではないかとか、犯罪に巻き込まれたらどうしようとか考えてしまい、恐怖を感じていました。しかし、仲良くしていたドイツ人の女の子に聞いてみると、「別に怖いことなんてないよ。細かい小銭なんてあんまり使わないし、困っている人を助けるのはキリスト教の教えだから当然よ」と言っていました。安全を確保するための「知らない人と話してはいけませんよ」という日本の教育と、隣人愛を説く「与えなさい」というキリスト教の教え。どちらが良い悪いとは一概には言えませんが、今まで話にしか聞いたことのなかったキリスト教の文化を肌で感じることが出来た体験でした。

トラブル、そして反省

文化の違いと言えば、今回の留学で、アジアとヨーロッパの文化や考え方の大きな違いを肌で感じられる体験をしました。実は私はホームステイをしたのは5日間だけです。なぜなら、5日目の夜に、ステイ先にいたスペイン人の男の子にバスルームをのぞかれてしまったからです。私はもうそこに住み続ける勇気がなくなり、翌日にステイ先の変更を学校に訴えました。私はこんなことがあったのだから、迅速に対応してくれるだろうし、すぐに宿が変えられると思っていました。しかし、それは大きな間違いでした。学校からの答えは、「今はバカンス中でホームステイを受け入れている家族が少ないの。今は変更出来ないわ。どうしても変えたいなら、今は金曜日だから来週の月曜日になったらもう1度私の所に来て。その時までに調べておくから。でも、バスルームをのぞかれたくらいでステイ先を変えるなんてばかばかしいわよ。見られることは女として良いことよ」と言われてしまいました。それでもめげずに、「いえ、日本にはそういう文化はないし、私は嫌だと感じたので変えてください。ホームステイが無理なら、学校に併設されている寮でも良いです」と必死に抗議をしました。しかし、学校側は「寮は空いてないから無理」との答え。「ああ、あの家で月曜日まで過ごさなきゃいけないのか……」とかなりナーバスになっていると、私が学校に説明している時にずっと一緒にいてくれて、私がうまく説明出来ないところを補ってくれていたドイツ人のヤスミン(彼女は英語もフランス語もほぼぺらぺら)という女の子が、「ユカ、この建物自体のレセプションに聞いてみよう。寮に空きがあるかも知れないよ」と言ってくれました。私は心の中で「学校がないって言ってるんだから、どうせ空きなんかないよ……」と思っていましたが、学校の応答にかなり落胆していたので、ヤスミンに引っ張られるままレセプションに向かいました。そして、ヤスミンが寮に空き室があるか尋ねるとレセプションのお兄さんはあっさり「あるよ」とのこと。私はその瞬間、「ああ、これがフランスか」と悟りました。早速そのことを学校側に伝えると、「ああ、あったの。じゃあ変えられるわね。良かったね」と言っていました。そして私はその日から寮で生活することになりました。寮の生活は最高でした。まず、既にかなり仲良くなっていたヤスミンやほかの友達がみんな寮だったこと、ホームステイ先の家が古く、トイレやバスルームのドアがしっかり閉まらなかったり床が歩く度にギイギイ鳴っているのに対し、寮の部屋はホテル並みにきれいでトイレとバスが各部屋に1つずつありしかもかぎが付いていたこと(私はこれに感動しました)、8時の夕食の時間までに家に帰ったりする必要がないので自由に街を歩いたり、友達とずっと一緒にいられることなど、ホームステイに少し疲れを感じていたので寮の生活はとても楽しく感じられました。しかし、もちろん良いことばかりではありません。実際、寮生活になると、みんな英語が話せるのでやはり英語で話すことが増えてきます。また、授業の先生以外のフランス人との交流が極端に少なくなってしまいます(先生以外では、寮内のバーのバーテンダーと、レセプションのお兄さんと、道端で仕掛けてくるナンパ目当ての人くらいです)。そして、家庭料理や、一般家庭の生活は絶対に味わえなくなってしまいます。ホームステイと寮生活を両方体験して断言出来ることは、「勉強したいのなら間違いなくホームステイが良い」ということです。寮は楽しいし気楽ですが、ホームステイで吸収出来る経験の価値には到底勝てないし、ホストファミリーとのきずなも一生ものの宝になるはずだからです。

今でも仲良しのヤスミンと

私のホストマダムとの別れ方は最悪でした。荷物を取りに家に帰ると、学校から連絡が行っていたマダムは玄関に仁王立ちして待っていました。家に入るなり、それまで英語は全く分からないと言っていたマダムが英語で「あなたは間違ってる。あなたが出した結果は正しくない。私を侮辱してるわ。今まで日本人を受け入れてきて、みんな私のこと尊敬してくれたけど、あなたは違う。あなたはきっとどこへ行ってもうまくやっていけないわ。出ていきなさい」と大声で怒られてしまいました。私はマダムのことは本当に大好きだったので、そう伝えましたが、「そんなわけないじゃない。私はあなたのこと嫌いよ」と言われ、泣きながら最後の握手をして出ていきました。ステイ先から寮に向かう途中、マダムに怒られている間もずっと一緒にいてくれたヤスミンに、「ヤスミンなら、ステイ先を変えたりしてた」と聞くと、「変えてない。学校の言うように、バスルームをのぞかれるなんて大したことじゃないし、私は気にしない。でも、ユカが嫌なら、変えても良いし、私はユカが選んだ選択は間違ってないと思うよ。ユカは悪くないよ。文化は違うのは当然だし、他人の出した答えを認めなきゃ。マダムはオールドフレンチレディーな感じだったし、お金のことも絡んでるから気にしちゃ駄目よ」と慰めてくれました。ヤスミンは17歳でしたが、私なんかよりずっと大人な考え方が出来ると感心してしまいました。ただ、いくら慰めてもらっても、私の心は晴れませんでした。なぜなら、まず最初にバスルームをのぞかれたことを伝えるべきだったのはマダムであって、学校ではなかったからです。私には出来事の詳細と自分の気持ちをマダムにフランス語で説明する自信が持てないし、学校に英語で説明してしまった方が早いからと思い、今考えてみれば、楽な方に逃げてしまっていたのです。これは本当に今でも悔やまれます。結果的に、ステイ先を変えることにはなっただろうけれど、先にマダムに事情を説明していれば、こんなに後味の悪い別れにはなっていなかったと思います。しかし、全く自分とは関係のない遠い日本から来た私に、怒りながらも最後まで「自分の意見は自分の口からはっきり相手に伝えなくてはいけない」ということを学ばせてくれたマダムに感謝しています。
先ほど、アジアとヨーロッパの違いと言いましたが、この件について友達に話したところ、日本人・タイ人・韓国人・中国人・トルコ人は、話を聞いた瞬間に「え、何それ。ステイ先変更して正解だよ。第一ステイ先に同い年の男の子がいるなんて」という反応でした。一方ヨーロッパの方は、先生やヤスミンのような意見もあるし、スペイン人の子たちは「へー、そうなんだ」くらいの反応でした。アジア人だから、ヨーロッパ人だから、というふうに一概にくくることは出来ないとは思いますが、大体このような違いが表れるように感じられ、とても興味深かったです。その意味では、貴重な体験をしたと思います。

留学を終えて

実は、奨学金の応募の時期が迫ってくるにつれ、「本当に自分はフランスに行くのか」と迷ってしまい、ぎりぎりまで本腰を入れて準備を始めることが出来ないでいました。というのも、私は司法試験を目指していて、周りの司法試験を目指している人たちは、夏の間びっしりゼミをやるから、その流れから取り残されてしまうのではないかという懸念がどうしてもあったからです。しかし、やはり留学することに決めました。理由は3つあります。今後も司法試験を目指していくならなおさら、1カ月も留学するような体験は出来ないであろうということ。司法試験の勉強はみんなと比べて遅れているとか早いとか、そういうものではなく、自分の努力にかかっているということ(これは合格者の方から頂いたアドバイスです)。最後に、やはり単純に、フランスに行きたかったこと、更に言えば、第2外国語として頑張ってきたフランス語を何らかの形にして残したかったこと、などです。

語学学校のクラスメートと先生

そして、実際に留学を終えて思うことは、留学をすると決めた選択は、間違っていなかったということです。月並みですが、この1カ月は私の人生においてかなり濃い1カ月でした。つらいことや悲しいこともあったけど、それ以上に楽しいことやうれしいことがありました。また、今まで分からないことはすべて両親に頼って生きてきた私にとって、自分で何とかする力、解決しようと思考する力が少し身についたような気がします。
留学をやり遂げ、たくさんの経験をしたことは、これから法律の勉強を続けていく中で大きな心の支えになるはずです。また、文化や考え方の違いを目の当たりにしたことで、「何が正しくて、何が間違っている、ということが一概には言えない」ということを再認識することが出来ました。将来法律を扱う仕事に就いた時には、色々な人の立場や気持ちを理解して仕事をしなければならないということを改めて教えられたのです。
最後になりましたが、今回の留学に挑戦するきっかけを与えてくださった相田先生、エントリーシートを書くうえで御指導いただいた谷口先生、推薦状を書いてくださったカリオ先生、私のわがままを聞き笑顔で送り出してくれた両親、そのほかお世話になったすべての人たちに対して、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。こんなすてきなチャンスを提供してくださり、本当にありがとうございました。

草のみどり 215号掲載(2008年5月号)

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