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法学部
【活動レポート】宮田 くみ子 (法律学科4年)

「やる気応援奨学金」リポート(46) フランスへ留学し大きく成長 寮生活、勉強、長期休暇旅行

私はフランスのエクサンプロバンスという所に留学をしていました。この町は南フランスの大都市、マルセイユからバスで30分ほどの内陸部に位置している、とても小さい町です。しかし、私が通っていたポールセザンヌ・エクスマルセイユ第Ⅲ大学を始め、多くの大学があるために国際色豊かな学生街であり、町の中を歩いていて、フランス語はもちろんのこと、ドイツ語、英語、スペイン語なども聞こえてきます。そんな町で経験した留学の報告として、3つの分野、寮生活、勉強、長期休暇を利用した旅行に分けて報告しようと思います。

初めての一人暮らし

まず、寮生活についてです。今まで実家生として中央大学に通っていたため、初めての1人暮らしを体験することになりました。
私の入った寮はさまざまな寮がある中でも1番新しい寮であり、トイレとシャワールームが個人の部屋の中にあり、キッチンだけが共同でした。通常、フランス人学生は町中で部屋を借り友達とルームシェアをするため、私が住んでいたフロアには、フランス人はそれほど多くいませんでした。その反対に、さまざまな国籍の人々が住んでいました。普段、知り合うことがほとんど出来ないスペイン人やイタリア人、チュニジア人やモロッコ人など、寮についた時から日本では体験出来ない国際交流が始まっていました。
日常的にはみんなそれぞれ授業があるので廊下で擦れ違う程度ですが、夜は食事を作るために共同キッチンに行くので、そこで話すチャンスが出来ました。初めはフランス語での会話が難しく、それぞれ母国語のなまりもあり聞き取りにくいため、会話を成立させることさえ困難でした。また、第2外国語として2年間しか勉強していなかった私とは違い、多くの留学生が中学・高校からフランス語を学んでおり、どれだけ自分の語学力が低いのかを実感してしまいました。しかし、それでも努力して会話をしようとすることで、相手も必死に理解しようとしてくれたのです。ここからおじけ付かずに話す努力をすることが大切だと実感しました。

フランス人友達の誕生日パーティーで

最初に出来た友達で、その後も付き合いが続いたのは同じ寮に住んでいる学生でした。
だれかの誕生日があれば共同キッチンでパーティー、ユーロカップが始まれば共同キッチンで一緒にサッカー観戦という具合に、知らない人がいてもお構いなし、というのが向こうの人のスタイルで、共同キッチンでのイベントのおかげで交流が広がりました。
何もない時もだれかの部屋に集まり、みんなで夜中まで語り合ったりしました。会話はすべてフランス語だったので、語学力向上にも役立ちました。
しかし、反対にマイナス面もありました。夜中にエレキギターを部屋でかき鳴らす人もいれば、酔っ払って深夜に大声で話しながら帰宅する人たち、外で雨が降っているからと廊下でサッカーをする人たちもいました。最初はいらいらしながら我慢していましたが、共同キッチンなどで話すようになってしまえば文句も言えるようになり、改善してもらえるようになりました。
寮生活に対して、最初は不安も大きかったのですが、次第に同じフロアに住んでいる人たちと仲良くなることで、自分で状況を改善して、住みやすい環境を作り上げることが出来るようになりました。その中で、日本に帰ってからも連絡を取り合う友人も出来ました。今では寮生活を選んで良かったと思っています。

大変な勉強

次に、勉強に関してです。フランスでの勉強は本当に日本とは比べ物にならないくらい、大変でした。フランスの授業形態は、先生が話したことをノートにすべて書き取る、という完全に受け身の形態です。黒板さえ使いません。聞き取る能力さえ十分ではないうえ、フランス人学生向けの通常授業に出ているために、話す速度、進む速度もとても追い付けるものではありませんでした。最初は2時間の授業でメモ程度のものが2頁くらい書けるだけで、内容さえ分からない時もありました。
レコーダーで録音してもう1度聞いて聞き取りをしようとしても、1人の力では、聞き取れない単語もあり、特に知らない単語については何度聞き直しても聞き取れず理解出来ないことから、同じ授業に出ているフランス人に頼んで、ノートを貸してもらうようにしました。フランスでは、多くの学生がノートパソコンで授業の書き取りをしています。そのため、頼めば私のメールアドレスに添付メールで送信してくれたりしました。最初は私のつたないフランス語のせいで、ノートを借りようと思っても「何言ってるか分からないんだけど」と一蹴されてしまうこともありました。しかし反対に私が留学生ということに気付き、私に話し掛けてきてくれる人や、ノートを借りることになってから、「どこか分からないところはない?」と気遣ってくれるフランス人学生もいました。
最初の苦境は、自分1人の力で何とかするものではなく、フランス人学生の手助けがなければ、打開出来なかったと思います。ノートを見せてくれたフランス人学生のおかげで、授業の内容は理解出来るようになりました。
ところで、前述のように寮は常に騒音が付きまといます。その中で集中して勉強しようと思っても、どこかで集中力が途切れてしまいます。そのため、テスト期間をどうやって集中しようかと不安に思っていました。
しかし、それぞれ学部によって多少時期は異なりますが、いざ試験期間に突入したら、驚いたことに、廊下やキッチンからいつも聞こえる騒音がなくなったのです。常に騒いでいた学生たちも試験のために部屋にこもって勉強をしており、通常からは想像がつかないほど静かになったのです。試験に対する意気込み、集中力は日本人とはけた違いのものがあり、しっかりけじめを付けているんだな、と感心してしまいました。
しかし、常に何かが起こるのが寮です。試験前夜に私がいる棟だけ停電になり、数時間の間、ろうそくの火だけで勉強することになったこともあります。停電になった瞬間、みんな各自の部屋から廊下に出てきて、文句を言いつつも何が原因なのかを探し、ある人はブレーカーを見にいき、ある人は寮の受付まで報告に走り……という具合で、みんなで団結して解決をしました。
試験前夜に停電なんて、当時はなんて最悪なんだと思いもしましたが、今では良い思い出の1つになっています。

寮の友達と一緒に

私が通っていたポールセザンヌ・エクスマルセイユ第Ⅲ大学法学部では、留学生の場合は特別に、学期末試験が、教授との1対1の口頭試験になっています。ただでさえフランス語で会話する時に多くの語学的な問題を抱えているのに、果たしてちゃんと質疑応答が出来るか不安でした。
しかし、私が取った授業の教授はだれもが優しく、質問の意味が分からなくて聞き返しても、丁寧に新しく説明をしてくれ、私の回答にも、何を言いたいかを探り、一生懸命理解しようとしてくれました。
やさしく紳士的な教授に恵まれ、私はフランスでも単位が取ることが出来ました。

海外旅行で移民問題を研究

最後に、大学の長期休暇を使っての海外旅行についてです。
私は「フランスにおける移民問題」を研究テーマにしています。今回「やる気応援奨学金」の長期留学部門の給付対象として認められた活動には、フランスに移民を送り出している国への訪問という計画が含まれていました。
ヨーロッパではほとんどの国が陸続きになっており、陸続きではないイギリスでさえも列車で行くことが出来るように、列車や道路の交通網がとても発達しています。私の日本人の留学生友達はフランス国内を旅行していましたが、研究テーマのために、私は東欧に行きました。
フランスでは、移民問題はとても大きな社会問題になっています。2007年に新しくサルコジ大統領が当選しましたが、当時の公約も、サルコジ氏は社会保障を軽くし自由経済を大きく採り入れることを掲げ、反対にロワイヤル氏は社会保障を更に手厚くすることを掲げていました。フランスは、世界的に見ても屈指の移民大国です。現在は移民2世、3世である若者が多く、しかし彼らが住んでいるのは大都市の郊外であり、十分な教育が受けられないために治安が悪化していると言われています。
フランス国内の移民に対する政策や法律を理解することも大切ですが、まずそもそも、どうして移民が発生するのかを、私は自分の目で確かめたかったのです。
フランスに流入する移民は大きく分けて北アフリカ系と、東ヨーロッパ系に分かれます。北アフリカ系では旧植民地であるアルジェリアが移民数最多であり、東ヨーロッパ系ではルーマニアがトップになっています。
マルセイユが近いため、アルジェリアには行きやすいと思い、最初はアルジェリア行きを計画しました。行こうとしていた時期は夏のバカンス前でしたが、これはアルジェリアからの移民が一時的に祖国へ帰り、家族と会おうとする時期と重なることが判明しました。そのため交通費が高騰しており、満席状態で、やむなく断念することになってしまいました。
しかし、断念の理由はほかにもあります。アルジェリアに行こうと計画を立てている時、情報を得るためにアルジェリアに行ったことがあるフランス人を探したのです。結局見付けたのは父親がアルジェリア人だったという友達だけで、ほかのフランス人に「アルジェリアに行きたいんだけど」と口にした瞬間から、猛反発の嵐に遭いました。
「なんであんな危ないとこに行きたいんだ」「行くならチュニジア、モナコにしろ。あそこは観光地だから」など。まさかここまで反発が出てくるとは思いませんでした。
アルジェリアに関しては、その父親がアルジェリア人だった友達に話を聞くことにとどめ、ルーマニアに行くことにしました。しかし、同じようにルーマニアに行きたいと言っただけで、また猛反発の嵐に遭いました。
飛行機の関係上最初にポーランドに行き、アウシュビッツ収容所を見学しました。広島平和記念資料館、沖縄県平和祈念資料館を両方見学したことがある私ですが、アウシュビッツ収容所の中に入っただけで、空気が重く感じました。アウシュビッツ収容所はポーランドの南端にある、オシフィエンチムという町の郊外にあります。この町は日本で言えば京都のような都市であるクラクフから60キロほど離れた場所に位置しています。緑が多く、駅から降りた時はただ「のどかな田舎町だなぁ」と思っただけでした。
アウシュビッツ収容所は世界遺産にも登録されているということで、日中はそこを見学しにきた観光客、ドイツから来た社会科見学(?)の学生であふれ返り、入り口はとても20世紀最大の殺りくが行われた場所とは思えないくらいにぎやかです。

エクサンプロバンスの有名な噴水

しかし、いざ中に入り各棟にある資料を見ていくと、重い歴史的事実を目の前にして、すべての棟を見て回ることに心が耐えられなくなり、途中で資料棟の中に入るのをやめてしまいました。
ユダヤ人殺りくに関する資料などは、日本にいても本やインターネットから簡単に手に入りますが、その場の空気の重さを体験することは出来ません。
アウシュビッツ収容所の次は、チェコの首都、プラハを通ってハンガリーの首都、ブダペストに夜行列車を利用して行きました。
ハンガリーと言われて、想像することとは何でしょうか。私は何も思い浮かびません。ただ旧共産主義国であり、歴史的事件としてハンガリー動乱という事件があった場所と知っているくらいです。目的地であるルーマニアも旧共産主義国です。両方同じ旧共産主義国ですが実際に行ってみると、想像を絶するほどの違いがありました。たまたま日本人の友達がブダペストでインターンシップをしていたため、お邪魔させてもらい、都市を案内してもらいましたが、西欧諸国の首都に負けず劣らず壮大で、奇麗な所でした。治安も非常に悪いと思える部分もなく、パリの方がよほど治安が悪いと思いました。
インターンシップを行っている友人と一緒にルーマニアの首都、ブカレストに行きましたが、とてもブダペストと同じ旧共産主義体制を経験してから立ち直った首都とは思えないほど、荒廃していました。
その友達がハンガリーでのビザの都合で国境警察に電車を降りるよう指示されてしまい、最初にブカレストの国際列車駅に1人で着いた私はがく然としました。国際列車が着く駅はヨーロッパのほとんどの国ではとても大きく奇麗で、お土産屋さんや飲食店が所狭しと並んでいるものです。しかし、その駅は両替所と少しのカフェがあるだけで、閑散としていて、お土産屋さんの1つもありませんでした。
友達は、国境警察に指示をされて降りた後取り調べを受けました。同じような状況で降ろされたトルコ人は結局入国を許してもらえませんでしたが、彼女は日本人だからと罰金を払うだけで入国をすることが出来、私が着いた後、7時間後に合流することが出来ました。
彼女を待っている間、駅周辺を歩いて回りましたが、栄えている感じがなく、廃虚もそのまま、野良犬がそこら中に寝そべっているような状況でした。「間違ってアジアの発展途上国に来ちゃったのか?」とさえ思いました。

フランス人の友人宅で

駅の中に2つあるインフォメーションセンターでホテルに関して聞こうとしても、ホテルのことなんて知らないと一蹴され、また、もう1つの小さなインフォメーションセンターは英語も通じず、しかしなぜかフランス語は通じました。
友人と合流して次の日に、市内観光に行きました。最近新しく出来たようで、地下鉄はとても奇麗でしたが、出入り口が工事途中で放棄されていました。
町中も閑散としており、道路も工事中の部分も多く、教会は壊れたまま放置されていました。また、ジプシーが道端でしゃがみ込み、お金を要求してきました。フランスにもホームレスは存在します。しかし、話し掛けてきても近寄ってくることはありません。しかし、ブカレストでは近付き、触ろうとしてきました。
また、詐欺にも遭いました。英語が流ちょうな男性が近寄ってきて、「ここは治安が悪いんだから、カメラとか地図を出して立ち止まってはいけない」と言い、私たちは親切心から言ってくれていると思って最初は話していましたが、途中からお金を要求し、怒り出したため、逃げるためにお金を渡す羽目になってしまいました。
実際にブカレストに行くことで、どうしてフランスに流れるルーマニア人が多いのかを実感し、そこでの生活水準の低さも目にすることが出来ました。また、たまたまルーマニアのアラドという町からフランスに帰る時に英語の話せるルーマニア人と会話するチャンスがあり、その人に色々伺うことも出来ました。現地に行って初めてフランス人の友人がなぜ反対したのかも分かり、とても良い調査をすることが出来ました。
3つの分野に分けて報告をさせていただきましたが、今回の留学で日本では絶対に出来ない、さまざまなことを体験し、学ぶことが出来、また掛け替えのない友人を作ることが出来ました。今回の留学のおかげで、私は大きく成長出来たと思っています。
今回の留学をサポートしてくれた両親、また大学関係の皆様、本当にありがとうございました。

草のみどり 220号掲載(2008年11月号)

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