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法学部
【活動レポート】福嶋 真理子/鎌田 千翔/徐 菲鴻/大内 暢子

「やる気応援奨学金」リポート(28) ナミビアで国際インターン(下) 3人の日本人女性との出会い

ナミビアでは旅をコーディネートしてくれ、そして同行してくれたイギリス人のヒュー、その友人であるナミビア人のビリーを始め、さまざまな人との出会いがあった。数ある出会いの中で、私たちはナミビアで生活する日本人7人中3人に出会うことが出来た。しかも驚いたことに皆女性なのだ。国連開発計画の職員である山本晃子さん、ナミビア政府の環境観光省に勤め、ヒューの奥さん、そしてヘッセ先生の初の教え子であるパックストン美登利さん、そしてフリーの砂漠ガイド北田友里さん――3人の職歴は全く違うものだったが、私たちはそれぞれの生き方に共感し、またさまざまなことを学ぶことが出来た。ナミビアでの旅の概略を書いた前回とは少し色を違えたものとなるが、今回はナミビアで出会ったこの3人の日本人女性たちの話をさせていただこうと思う。

福嶋 真理子 (国際企業関係法学科2年)

国連開発計画職員 山本晃子さん

山本晃子さんは、私たちがナミビアに着いて最初にレクチャーを受けた方であり、かつナミビア初対面の日本人だった。彼女は現在ナミビアの国連開発計画(UNDP)に携わって、首都ウィントフックで働いている。晃子さんの印象は、私たちが抱く「海外で働く女性像」にそっくりそのまま当てはまるようなものだった。自信と誇りを持って仕事をこなし、自分の意見は率直に述べる、強い女性だ。部屋に入ってきた時から彼女のエネルギッシュな雰囲気を感じることが出来た。
晃子さんが携わっているUNDPとは、途上国の経済・社会発展のための計画・実行を支援するプログラムで、ミレニアム開発目標を大きな理念として掲げていることでも知られている。その中での彼女の仕事は、国連とナミビア政府の間に立って行うもので、学生時代に専門とした水工学の知識も生かした分野を扱っている。
私はまず、ナミビアという遠く離れた開発もあまり進んでいない国で、国連の大きなプロジェクトの一員として日本人が、しかも女性が働いているということを知り、ただただ感心し驚くばかりであった。そして、彼女の世界は自分のものとは懸け離れた世界だと感じ、ただの傍観者として晃子さんのレクチャーを受けていた。彼女のようなキャリアに就くには、私たちくらいの年齢で既に英語が堪能で、国連で働きたいという明確な意思を持ち、そのための専門の勉強もしていなければならないのだろうと想像していたのだ。しかし、実際はそうではなかったのだ。晃子さんは、東北大の工学部を卒業しているのだが、大学生だったころは英語をあまりしゃべれなかったという。私たちの話す英語を聞いて、彼女の学生時代に比べたら、私たちの方が上手だとまで言ってくれた。そんな彼女が英語を学んだ場所はアメリカだ。東北大を卒業後、留学の準備として数カ月日本で語学学校に通い、渡米してからも1年は語学習得に専念したそうだ。そして、ジョンズ・ホプキンス大学に入学し、最終的にそこで環境工学の修士と環境管理・政策の博士号の学位を修得している。その間にも学生としての身分に徹するのではなく、インターンシップや国連ボランティア、世界銀行での仕事などさまざまなことを経験している。
晃子さんが私たちに教えてくれたことは、大学生である私たちが今やるべきこととは、今自分が本当に興味を持っているものを究めるということだ。例えば今、国連に勤めたいという意思を持っていたら、私たちはそれに役立つ勉強だけをしがちだ。しかし彼女自身は工学という理系で、一見国連の職業とは結び付かなさそうな学問を専門としていても、最終的にはUNDPの一員となっている。自分の興味に素直に従ってその道を突き進むことが出来れば、その分野を生かせる部署が必ずあるはずだと彼女は言ってくれた。私は将来への安定した道が欲しいと思うがあまり、また規則や観念に縛られて、自分が本当にやりたいことと外れた勉強をやろうとしていた。自分が法学部生だということから無理やり将来も法律に関連付けた職業を考えていた時期もあった。しかし、大学生という社会人一歩手前のこの時期こそが、やりたいことをやれる最後のチャンスなのではないだろうか。学生という身分を利用して、さまざまなことに挑戦し、興味を掘り下げ、冒険してみるべきだと強く感じた。晃子さんは学生のころは自分が暮らすとは想像もしていなかっただろうナミビアという国で、シングルマザーとして働いている。彼女の話を聞いて、周りと違う道を歩むことを恐れてただ無難に単位を取って大学を卒業していったり、先の見通しばかり立てたがって収入が少しでも多い職業を選び就職していったりする「平凡な生活」に、私は何の魅力も見いだせなくなった。たとえ過程に高いハードルがあっても、本物の興味を見付けそれを生かした職に就くことが、1番すてきで幸せな人生なのだ、と強く思わされたのである。

鎌田 千翔 (政治学科2年)

環境観光省職員 パックストン美登利さん

私たちが美登利さんに初めて会ったのはナミビアに着いた次の日の夜だった。彼女の経歴を前もって聞いていたので、彼女がタフで自分というものを持っている格好良い女性というイメージが先行したが、実際にはきゃしゃで非常に落ち着いた雰囲気の奇麗な人だと分かり非常に驚いた。
美登利さんは現在ナミビア環境観光省で働いている。日本人にとって、環境と観光という概念はなかなか結び付かないが、実際にナミビアに行って私たちは納得した。ナミビアは毎年多くの観光客が野生の動物や自然を見にやってくる。そのため動物と環境保護は観光において非常に大切なのだ。彼女は環境観光省の下でSPANというプロジェクトを動かしている。これは非常に面白いプロジェクトで、動物保護区のネットワークの拡大を目標とし、UNDPなどの協力を得て進められている。ナミビアには20の国立公園のほか、現地の人が暮らす農地にもまた保護されるべき動物が多く生息している。そのためローカルな人々も含むさまざまなステークホルダーとの利害を調整し動物を保護し、エコツーリズムの普及に努めなくてはならない。また彼女はボツワナ、南アフリカ、ジンバブエなどの周辺国と協力し、TFPプロジェクトという大規模なものにも携わっていた。各国の協力が不可欠なうえ、ジンバブエなどの政情不安定な国とプロジェクトを進めていくのは難しいそうだが、彼女はこれらの国々と連絡を取り合い、この非常に大規模なプロジェクトを企画し動かしていた。極めてバイタリティーに富み、人を動かすのがとてもうまい人だと感じた。こうした話を聞いて彼女が非常に遠い存在に感じたものだ。
彼女のキャリアはユニークで興味深いものである。彼女は横浜市立大学で国際関係学を学び、在学中はイギリスに留学をした。その後、ジャパン・タイムズ社に就職。ケンブリッジ大学大学院で環境開発学を学び、その後日本に帰国するもルワンダの紛争のことを知り国連ボランティアとしてタンザニアに行った。驚くべき行動力の持ち主である。過酷な民族紛争の中、目の前にいるきゃしゃな女性が八万人もの難民を統括していたと知って、ただただ驚いたものである。その後も彼女はフリーライターや記者として世界中を駆け巡り2000年、JPOという制度を利用し、取材で気に入ったナミビアのUNDPでプログラム・オフィサーとして働き始めた。このJPOとは外務省が毎年募集している国際機関への派遣制度であり試験に合格すると外務省が協定を結んでいる国際機関で任期2年間働けるという制度だ。
彼女の家族もまたユニークだった。彼女の夫のヒューは、フリーライターとして活躍しジャパン・タイムズで環境や自然関連の記事を書いている。彼はユーモラスでおちゃめなイギリス人で私たちの案内役を勤めてくれ、いつも冗談を言って私たちの疲れをいやしてくれた。美登利さんは彼と出会って3カ月で21歳の時に結婚し、それからもう15年近くたつという。また3歳の娘アナベルは非常に愛らしく、私たちはみんなでかわいがった。そして幸運にも日本からちょうどお母様と妹さんが来ていてお会いすることが出来た。

美登利さんはこのように、忙しい仕事をこなしながら家族を大事にし、育児とも両立している。日本人女性がナミビアという異境の地で活躍し、自分らしい、自分のやりたい仕事を存分にこなして家族とも幸せに暮らしている。私はこうした女性に今まであったことがなかったため彼女に出会って自分の中の価値観や考え方などがすべて変わった。将来に前向きになり、自信を持つことが出来るようになった。忙しくても本当に自分のしたいことを仕事として精力的に頑張っている彼女の姿はとても輝いていてすてきだった。ナミビアに来る前は自分で将来をこれだと決めなければならないという焦燥感がいつもあったが、私は自分と向き合いゆっくりだが確実に自分の将来を考えていこうと思った。またヒューが「絶対に自分がつまらないと感じながら何かするのだったら成功するかは分からないけれど自分が好きなことにトライすることが大事だ。あきらめずにそうすることが出来る人間になってほしい」と言ってくれたことも心に響いた。本当にそうした言葉や美登利さんのおかげで自分の将来に前向きになることが出来たと思う。彼女のような生き方の輝いた女性になろうとも思った。ナミビアという土地で活躍する女性は非常に輝いていて、私たちに多くのものを見せてくれたのである。

徐 菲鴻 (国際企業関係法学科2年)

ツアーガイド 北田友里さん

9月1日、私たちは早く起床し、ナミブ砂漠の一部のソーサスフレイの見学に出発した。私たちにガイドをしてくれたのは北田友里さん。前の晩にヒューから、彼女は砂漠のほとんどのことについて熟知していると聞いていたので、どんな女性かと想像し、砂漠の見学を楽しみにしていた。私たちはナウクルフト公園に到着し、友里さんに会った。長くて黒い髪に、とても健康そうな褐色の肌をしていた。1番驚いたのは、ナミビアの朝はまだ冷えるのに、彼女ははだしで生活しているということ。寒くないかと聞いたら、彼女は気持ち良いと言って笑っていた。彼女はずっとはだしで生活しているらしく、はだしで飛行機に乗っていたら、ビジネスクラスからファーストクラスに移されたという逸話もあった。

友里さんは、もともと青年海外協力隊に参加してナミビアにやってきたのだという。現在、彼女は晃子さんや美登利さんのようにUNDPや政府で働いているのではなく、個人のツアーガイドと自家栽培で生計を立てている。そのような彼女に、私たちは尊敬の念を抱きながら、彼女の後ろについて、砂漠での1日の旅を始めたのである。
砂漠に入ると、遠くには奇麗に並んだ赤い砂丘が見え、足元には細かい砂粒を感じた。私たちはしゃがんで砂を手に取り、「すごく奇麗な砂」とみんなで叫んだ。友里さんは何か宝物でも見付けたように、「見て!私はこれが大好きなの」と言った。彼女が指さした所には、とても小さな動物の足跡が見えた。「これはあるくもの足跡で、ホワイト・ダンシング・レディというんですよ」と言い、彼女はしゃがんで砂を見詰め、小さな白いものをゆっくり上に開けて、「来て、くもの足、見える?」と言った。私たちは近づいて、注意深くその中を見ていた。
すごい!何か動いている!あーくもの足だ!見えた!
という具合に私たちは喜びながら、彼女のすごさに驚きを感じた。彼女はまた違う所を指さして、これはとかげの足跡、あれはかぶと虫の、というように、素早く動物の足跡を見分け、私たちに教えてくれた。彼女は植物などにもとても詳しい。砂漠にはだちょうのサラダと呼ばれる、ふわふわしてぷりぷりした草がよく見えたのだが、それを食べてみてと彼女が言った時はぎょっとした。私たちは恐る恐るその葉っぱを少し千切って口に入れた。少し酸っぱかったが、意外とおいしかった。彼女は私たちが砂漠で見たすべての生物を知り尽くしていて、ナラという植物や、昔砂漠に生きていたブッシュマンの生活などについて、色々と詳しく紹介してくれた。砂漠の中を歩き続け、砂丘を登ると足が埋まってしまうので、私たちも靴を脱いで彼女のようにはだしで歩いた。彼女は砂丘の斜面で前転をして、とても気持ち良いと笑っていた。その時、私には彼女が子供のようにエネルギッシュに感じられ、砂漠や今の生活を本当に愛しているんだとも思った。
彼女はここに来たばかりの時は毎日の肉生活に不慣れだったそうだが、「今では毎日朝から肉を食べていますよ。でもこの砂漠を歩くのはとても良い運動になって、昔よりやせて、健康になりました」と言っている彼女は、とても満ち足りて見えた。私たちは彼女とたった1日しか過ごせなかったが、彼女の生活に対する熱愛とはつらつとした様子に感動した。彼女がいたから、私たちにとって砂漠の中の全く見知らぬ砂丘と生物はとても親しく感じられ、砂漠の中の踏破を、ほかの所では出来ない勉強が出来たのだ。
日本にいたら想像も出来ないような、砂漠のツアーガイド、そして日本人女性である友里さん。驚きの連続、そして最後に彼女に対して私たちは尊敬と感謝の念を抱いて、彼女とお別れをした。彼女に出会えたことは私たちにとって本当に幸運で、また光栄なことだった。短い1日だったが、彼女は私たちのスタディー・トリップを大変豊かな、実り多いものにしてくれた。この場を借りて、改めて感謝の意を表したいと思う。

大内 暢子 (政治学科2年)

最後に

ナミビア行きが決まると、私は早速国の歴史やNGOの情報をインターネットで調べ、画面上の事柄ではなく、実際に現状を見て感じ、考えたことを自分の言葉で表したいと思ったものだ。ポリオや、伝染病やテロなど心配することもあったが、何が起こっても柔軟に対応し、自分の行動に責任を持つことを心に決めた。

アフリカと聞くと大半の人が途上国そして貧困へと連想すると思うが、私もその1人であった。しかし、実際にナミビアを訪問してみて、この2つを結び付けることが短絡的であることを思い知らされた。ダイヤモンドとウランに富み、かつてドイツの保護領であり南アフリカの統治下であったナミビアは、アフリカ諸国の中では物価が高く、首都ウィントフックの暮らしは近代化のにおいがした。日本の約2.2倍の国土に約200万の人口というかなり人口密度の低い国で、いったん都会から離れるといつの間にか荒野におり、人の少なさに驚かされたものだ。
また、ナミビアは世界最古のナミブ砂漠を誇る国である。非常に暑く乾燥した気候と何もない土地と思わせるが、砂丘の周りとその下には摩訶不思議な生物が数多く潜んでいた。植物から虫、やもりまで、生息地に合わせて自らの体を適応させ必死に生き、また支え合っている事実が直接見て理解出来たことで、食物連鎖の重要さを改めて考えることが出来た。

ナミビアの経済は鉱物の産出と農業でほぼ成り立っているが、その壮大な自然が多くの観光客を引き付けている。日本と違ってナミビアには環境観光省というものがあり、その管轄の下さまざまな組織が運営されている。ナミビアの代表的な国立公園エトーシャでは、多種多様な動物の住むすぐそばに、ロッジ、キャンプ場、売店などが設置されていた。公園内ではエコシステムのバランスを保つために、警備、看護、保護と同時に自然淘汰の尊重もしていると聞き、政府と観光事業が連携しながら環境の保存に取り組んでいるのだと思っていた。しかし実際は、人間同士に加えて、人間と動物の衝突が絶えず起こり、公園外で人為的に設置されたフェンスに何度も突進し向こう側へ行こうとする傷ついたスプリングボック(アンテロープの一種)を偶然目撃した時には、人間の手によって、大自然の中を駆け巡る野生動物の生息が妨害されている現実を目の当たりにし鳥肌が立った。
ナミビアには、国際、国家、地域レベルの組織の活動を学ぶことを目的に出向き、まず国連とナミビア政府のつながりを学び、さまざまなNGOの責任者の話を現場を回りながら聞き、そして現地の人々の生活の有り様を実際に目にしてきた。ナミビアの国土は、国の保護地である国立公園が18%を占め、36%が公共の土地、そして残りの46%が自由保有地として分けられている。比較的大きな動物たちの80%はこの自由保有地にいることから、政府は私有地の人々との合意によって動物たちの行き来の幅を広げ、保存の場を増強することを望んでいた。しかし、農家や部族など地域の人々との交渉は、互いに歩み寄ることの難しい政策と利害の対立によってなかなか進まないのが現状である。

NGOで働いている人々は、自然の保護を目的に教育や研究を通して徐々に共同体や組織との交流を広げ、またそれが一層活動の原動力となっているということが、自分たち自身が参加することで理解出来た。若者を教育することで彼らの問題意識と関心を出来るだけ広げ、問題の注目度と取り組みが大きくなることで更なる発展を期待することが可能になる。資金問題は現実にあり、プロジェクト達成のため資金集めにも精を出すが、金銭的貢献は組織だけでなく資金提供者の価値をも上げる。利益を求める経済的価値ではなく、人々が共に守りたいと願って投資する心的価値である。
地域の人々は家畜と共に土地柄に適合しながら自然と共存している。私たちが彼らから学ぶことはたくさんあり、また学ぶ必要がある。そして、測ることの出来ない自然の普遍的価値を維持するためにも、すべての人々に自然への理解とコミュニケーション能力が重要であることを感じた。これからまだまだ私たちは、ナミビアでの経験を生かし、将来の目標に向かって精進していくつもりである。

草のみどり 202号掲載(2007年1月号)

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