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法学部
【活動レポート】冨名腰 あん (国際企業関係法学科3年)

「やる気応援奨学金」リポート(3) ウィーンでインターンシップ 子供の人権擁護にアプローチ

2004年2月1日から3月31日までの2ヶ月間私はやる気応援奨学金を受けてオーストリア、ウィーンにあるLudwig Boltzmann Institute of Human Rights(BIM)という機関でインターンとして活動した。
この機関は欧州安全保障協定機構(OSCE)の正式なライブラリー機関で、OSCEのさまざまな文献が多数置かれている。そしてまたウィーン大学付属の人権研究機関であるためオフィスはウィーン大学の建物の中にあり、資料を求める学生などが頻繁に来る所でもある。ここでは私がBIMのインターン中に体験したこと、学んできたことなどを書いていきたい。

問題関心

まず私が今回ウィーンに行こうと思ったのは児童の商業的・性的搾取と人身売買の関係、そしてその問題に対するヨーロッパでの取り組みや法律の研究をし、今までその問題の研究のために訪れたフィリピンやインドで学んだことと比較したいと思ったからである。
この問題について学び始めた切っ掛けは2001年に横浜で行われた第2回商業的・性的搾取に反対する世界会議にボランティアとして参加したことだった。
その会議以来、子供の子供としての生活を奪うだけでなく、その将来をも奪うこの問題に関して何か自分が出来ることはないかと研究を始め、特に法律の改正によるこの問題への影響などを国際法、国内法的な視点から見ていきたいと思った。そして実際にフィリピンやインドなどの現場も訪れ、さまざまな子供に関連するNGOの施設を見学したり、このような途上国における子供たちの現状を見たりし、それらの国における法律の現状も見てきた。
これらのことから先進国であるヨーロッパに目を向け法律や取り組みを実際に見る必要を感じたのだった。
さて、ウィーンでの活動である。ウィーン空港に到着した翌日に私は早速BIMのオフィスを訪れ、最初に日本からずっと連絡を取ってきたヘルムットさんと会った。彼はBIMの中で子供の人権の担当をしており、私のインターン中の担当者だ。彼は非常に長身でとても優しそうな感じの人だ。そしてヘルムットさんにBIMのオフィスの中を案内され、スタッフたち全員に紹介された。
私のインターン中に与えられた課題は、子供の権利条約を批准した国がその後それらの国の国内法にどのように反映されているかを調査し、またインターネット上で頻繁に引用されている興味深い文献・報告書をリスト化していくことだった。私は与えられたデスクの前でこれらのことについてパソコンで調べながら人身売買と商業的・性的搾取の関連についても調査をしてみた。

これらの研究調査にはヘルムットさんに加え、人身売買に関するさまざまな著書のあるBIMのアンジェリカさんにさまざまな報告書などを見せていただいたりした。忙しい中相談に乗ってくれたことに本当に感謝している。
そしてもちろんほかのBIMのスタッフにも大変お世話になった。セクレタリーのマギットとニュイー、ハンネス教授、マンフレッド教授、ニコール、ルイース、カリンそしてここでは挙げ切れなかった人たちに大変親切にしていただき本当に感謝している。

ウィーン大学法学部のゼミ

3月からウィーン大学法学部のゼミ(BIM主催の授業)が始まった。私もBIMのマンフレッド教授、アフリカに以前勤務していたベア、そしてヘルムットさんが共同で開いている子供の人権のゼミに参加させていただき、ヨーロッパのさまざまな国々から来ている学生たちと一緒に子供の人権について学んだ。このような機会を得られることは全く予想もしていなかったのでこのような経験が出来、私は本当にうれしく思った。

そして私が参加したこの子供の人権のゼミには最後に10頁分の論文が課されたので、日本に帰ってから私もその論文を書いて提出した。
ゼミに参加して面白いと思った点は日本のように教授にだけ論文を提出するのではなく、そのゼミを履修している皆が見ることが出来るようにメーリングリストを通して全員に送るということだ。このようにすると自分の論文をほかの人たちと比較出来、自分の論文に足りない点を発見することが出来るので大変良いと思った。
またさまざまな国の人たちがいるため、考え方もさまざまで文章もさまざまだという点に大変感心し、また同じ法学部生たちと一緒に学ぶことが出来て大変刺激を受けた。勉強だけではなくゼミを通して友人も出来、本当に貴重な経験だったと思う。

国連でのイベント

3月8日には国連女性年に関連したイベントがウィーンの国連都市で行われたため、それに参加した。まず国連のビルに入る前に厳重な検査を受け、それからパスをもらい中に入った。約30分ほどのパネルディスカッションは少し短かったように思えたが、ウィーンにおけるエイズ感染者やその保護機関について知ることが出来たのは収穫だった。
このディスカッションは、ほとんどの参加者が国連職員たちだったため質問をする時も大変緊張した。エイズ問題は私が現在研究している人身売買などの問題とも大変関連していると思ったのでそのことについて質問をしてみたのだが、具体的なケースは知らないということだった。
しかし私のその質問を聞き、その問題に興味を持ってくれた人たちもいてイベント終了後に少し質問をされ、自分が少しでも人身売買などの問題の存在を人に伝えることが出来て良かったと思った。
またこのイベントを切っ掛けにフィリピン人のアンジーさんとも知り合い、国連ビルの食堂で食事をしながら女性に関する問題、ウィーンや日本、フィリピンなどで存在しているさまざまな問題について話すことが出来た。彼女は非常に優しい人でウィーンで外国人の子供たちに楽器を学ぶ機会を与えている。
この出会いからアンジーさんの家で行われたベトナムのワークショップに参加させてもらうことも出来、そこでも新たな人たちとの出会いがあり、新しい知識も身につけることが出来た。
このワークショップはアジア各国出身の人たちが集まっていて、例えば中国、韓国、インド、フィリピン、そしてオーストリアの人たちももちろん参加していた。内容はベトナムのハノイで暮らした女性講師を中心にしたスライドなどを用いたプレゼンテーションだった。講師はベトナムの文化的背景について研究をしていて、中国からの影響などを話してくれたりした。
自分が知らない分野の知識を身につけることが出来、新鮮な感覚を覚え、大変充実した気持ちだった。このような出会いから学ぶ点は多くあり、これからも世界中で多くの友人を作っていきたいと思う。

ドイツ語習得

ウィーンでの生活中はほとんどドイツ語を使っていた。オフィスの中では英語でコミュニケーションを取ることが出来たが、スーパーやほとんどのお店では英語を話す人が少なく、ドイツ語を覚える必要があった。訪れている国の言語を学ぶことはそこにいる人たちに対する不可欠な礼儀であると私は考えているため、訪れる国では必ずそこの言葉で出来る限りコミュニケーションを取ることにしている。
私はそれまでドイツ語を学んだことがなく、全くドイツ語を話せなかったが、そこはやる気で仕事から帰ると日本から持ってきた本を見ながら、必要であると思う単語をひたすら書いて覚えていった。そうしてそれらの単語をオフィス以外の場所で使用していき、だんだんと定着させていった。またテレビのアニメを見ながらドイツ語の勉強もした。
この努力のかいあってか2カ月後には周囲の人たちから2カ月で習得したとは思えないほどよく話せているという感想を頂いた。それにはウィーンの語学学校に通っていた友人にも少し教えてもらいながら覚えた影響もあった。
こうして私は次第にドイツ語を学ぶことの楽しさも知った。一生懸命に聞けば聞き取れる単語が増えていき、努力をすれば言語は何とか覚えられるというふうに思った。しかしウィーンではドイツ語以外の言語も多く話されており、一度友人と電話ボックスの使用方法が分からず通行人に聞こうとしたところ、スペイン語は話せないかとその女性に聞かれた。高校でスペイン語を勉強していた経験がある私はとっさにスペイン語を話すことが出来たが、ウィーンのような国際的な場所だと一つの言語だけではなく多くの言語を駆使してコミュニケーションをしていかなければならないと思った。
しかし何よりも相手に一生懸命伝えようとする気持ちや姿勢がどの国に行く時にも大事なのではないだろうか。

ウィーンでの生活

私はインターンの活動期間中、休日を利用して美術館に行ったり、ウィーンで出会った友人たちと食事に出掛けたりした。ウィーン少年合唱団やベルベデーレ宮殿、シェーンブルン宮殿、自然史博物館なども訪れ、またさまざまな教会なども見てきた。
どれも大変印象的でウィーンの歴史を感じることが出来たが、ウィーンは普通に歩いているだけで本当に奇麗な街だと私は思う。それは顔を上げるだけで素晴らしい彫刻を目にすることが出来、また公園がたくさんあり、大変自然に囲まれているからである。
伸び伸びとして大変美しいこのウィーンの街の中でモーツアルトやハプスブルク家の人々も同じように歩いていたのだろうかと考えることが大変楽しかった。また馬車も普段から道路を走っており、まるで昔にタイムスリップしたかのような感じがあった。
ところで、私はウィーンでは自炊をしていたため、自分でスーパーに行き食材を選んで調理をしていた。ウィーンでは主にハムやウインナーが多く売られ、その専用販売カウンターまであり、ハムの種類の多さには大変驚いた。しかし最初のうちは全くどのようなものが販売されているかも分からず、スーパーの場所すら把握出来ずうろたえることが多かったが、2、3週間すると慣れてきて、ちゃんと買えるようになっていった。
地下鉄もこれとほぼ同じ時期に覚えた。ウィーンの乗り物は大変種類が多いが、私はほとんど地下鉄を利用した。ウィーンの地下鉄は日本とは異なり、自分が降りたい時にドアを手動で開けるというものだ。最初の時はこれを忘れて待っていたこともあったが次第に慣れていった。このようにウィーンでの生活は大変な面もあったが、それはこの街の美しさに常に吹き飛ばされていった。
またウィーンに来て多くの友人を作ることが出来て、本当に良かったと思う。初めの休日は1人でほとんど美術館などに出掛けていたが、大変仲の良い日本人女性の友人がすぐに出来、色々な所を2人で回り、食事をしたりし、大変楽しかった。これに加え、韓国人の女性とも知り合い、3人で行動をしたりした。
大変だったのは彼女が韓国語しか話せないことだった。身振り手振りで色々なことを説明しながらも、コミュニケーションの難しさを感じた。しかし一緒に過ごしているうちに韓国語を少しずつ覚えるようになり、三人でちょっとしたコミュニケーションをすることが出来た。ドイツ語を学び、そして韓国語までも学ぶことが出来てちょっと幸運だったように思う。

ウィーンでの成果

ウィーンでの2カ月というインターンの期間は短く、あっという間であったように感じられる。しかしそこで吸収出来た知識や経験は本当に大きかった。まず何よりも人権関係で活躍している教授たちやリーガル・リサーチをしているBIMのスタッフと働くことが出来たのが何よりの経験だったように思う。自分が今後取り組んでいきたい分野の仕事で何が重要か実際に見ることが出来たので、今後の研究に生かしていきたいと思う。
私は今までは問題が起こっているフィールド、途上国などで被害者の最も近い場所で活動をしていきたいと考えていたが、法律の改正に関する調査・報告などの重要性も学ぶことが出来、同じ問題に対する異なるアプローチを比較することが出来た。今後は具体的に自分がどちらのフィールドを中心に仕事をすべきかを、多くの知識を身につけながら具体的に考えていこうと思っている。
そして何よりも大きな成果は、アジアに限られた人身売買や児童の商業的・性的搾取という問題に関してアジアからの視点ではなく、ヨーロッパからの視点で見ることが出来たという点だ。
確かにヨーロッパで現在執り行われている人身売買などの対応策をすぐにアジアの途上国に採用することは難しい。なぜなら、文化的な側面やさまざまな原因で被害者が訴えを起こすことが難しいという現状から、問題がなかなか表面化してこないからだ。しかし私はそのような問題を含め、ヨーロッパから学べることは数多くあると思う。
今後はウィーンで身につけた知識を生かしながら、今年の八月から始まる一年間のスウェーデン留学でさまざまなことを学んでいきたいと思う。

草のみどり 177号掲載(2004年7月号)

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