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法学部
【活動レポート】徐 菲鴻 (国際企業関係法学科2年)

「やる気応援奨学金」リポート(23) 語学留学でオーストラリアへ 多文化社会に触れ貴重な経験

私は中学校時代から英語が好きだった。英語圏に行ったことのない私は、いつか英語圏に行ってみたいとずっと思っていた。大学入学の時に、この「やる気応援奨学金」を利用した先輩たちの経験談を聞き、留学出来るのは今だと強く感じた。しかし自分は留学生であり、ビザなどは簡単に取れそうになく、夏までは「やる気応援奨学金」に踏み切らなかった。
親や先生方と相談して、自分は将来アメリカに留学したいから、勉強しにいく機会のあまりないオーストラリアに行くことを決めた。夏休み明け、春休みに絶対留学してくると決心し、早速英語担当のヘッセ先生に相談すると、先生はさまざまなことについてアドバイスをしてくださった。情報の収集、学校とのメールのやりとり、ビザや再入国の申請などで忙しい日々を過ごしていた。最終的にシドニー大学の付属語学学校(CET)に留学することを決めた。
途中、「やる気応援奨学金」に出願してからもスケジュールをすべて変えないといけないとか、ビザがなかなか下りてこないなど行き詰まったことは何回かあったが、先生や先輩のアドバイスがあったから乗り越えることが出来た。最後にビザと入学許可をもらった時の気持ちは言葉で言い表せないくらいうれしかった。2006年2月18日、私は待ちに待ったオーストラリア留学へ旅立った。ここで、私が留学を通じて学んだこと、経験したことをお話ししたい。

語学力の向上を図る

私が通っていたのはシドニー大学の付属語学学校だった。私が選んだコース、English for General Purposeの1番上のクラス(Advanced Level)に入ることが出来、クラスには11人の学生がいたが、何とヨーロッパ、中南米、アジアなど約一〇カ国から来た人の集まりだった。
こんなに多くの違うバックグランドを持つメンバーが集まってきて、授業中のディスカッションはやはり1番興味深いものだった。先生のSarah-Jane(SJと呼ばれている)はいつも私たちをグループに分けて、ディスカッションをさせた。

討論のテーマは移民問題、ビジネス、文学、芸能界などに及んだ。ドイツやスイスのような国は主に移民を受け入れる国であり、メキシコや中国は多くの人が移民としてほかの国に行く国で、学生たちの自国の状況がそれぞれ違っていて、移民問題について討論した時、さまざまな意見が飛び交い、とても面白かった。また、文学を討論した時に自分の西欧文学についての知識不足を痛感し、教養を身につけないといけないと深く感じた。
1週間もたたない間に、クラスのみんなは異文化の壁を越え、とても仲良くなった。それはやはり授業中のディスカッションのおかげだった。
また、文法の勉強もしていた。ヨーロッパやラテンアメリカから来た学生は大体流ちょうに英語を話せるが、文法力でいうと、やはりアジアの学生の方が高い。Advanced levelだったので、先生は1番紛らわしい仮定法(if)を1カ月で詳しく説明してくれた。
この文法はかなり厄介だったので、分かっているようでも、話す時に正しく使うのはかなり難しかった。SJはいつも私たちにこの文法を使わせるように心掛けていた。仮定法はあまり詳しく自分で勉強したことがなかったので、今回勉強したことはとても役に立った。
Writingについては学生がStudent Responseを書き、先生が添削してくれる。私が書いた文章にはnative speakerがあまり使わない表現が多かったため、どうすれば良いかと先生に相談しにいった。それはほとんどのEnglish learnerが抱えている問題で、表現の仕方が違っても意味はちゃんと通じているからあまり心配しなくて良いとSJが言ってくれた。出来るだけ英語を聞いたり、英語の文章を読んだりした方が良いというアドバイスもくれた。
中国人留学生として自分が日本語を習った時を振り返ってみると、やはり毎日日本人の友達の話し方を聞き、日本語の文章を読むことをしていたから、何とか日本語を習得出来たのだ。英語を勉強するにもそのようなことをしなくてはならないと思い、オーストラリアを去っても毎日英語の勉強をすることを決心した。今も英語のDVDや雑誌Timesなどで勉強を続けて努力している。

オーストラリアの英語にはたくさんのスラングがあり、オーストラリアなまりでしゃべる人もいる。私たちがもっとオーストラリア英語を分かるようになるために、SJは1週間に1回くらい私たちにスラングを教えてくれた。簡単に理解出来る単語もあれば、言われるとさっぱり分からない単語もあった。オーストラリア人が自分の知っているスラングを使うのを聞くことはとても面白かった。
学校でbicky(biscuit)を習った次の日、女の子がお母さんに、“Mummy! Mummy! I want some bicky”と叫んでいたのを聞いた時はとてもうれしかった。
しかし、やはりスラングやなまりになかなか慣れず、年配の方がしゃべるのを聞き取るのは特に難しかった。クラスの2人の友達と一緒に海洋博物館(Maritime Museum)に見学しにいった時、ボランティアで館内のツアーをガイドするおじいさんが案内してくれた。ガイドさんのしゃべり方は速くて、なまりがあったのでとても分かりづらかった。やはりさまざまな人の話し方に慣れなくてはならないなとつくづく思った。
授業以外にも、語学力を鍛えるチャンスがたくさんあった。私はシドニー大学の講義を聴講しようと思った。法学部の講義を聞きたかったが、3月はちょうど大学が始まったばかりで、法学部の公開講義はなかった。その代わりに、“Language & Culture”と題した公開講義があった。これもなかなか面白そうだと思って、友達と聞きに行った。
講義の中で、1番面白かったのはコミュニケーションスタイルに見られる文化という部分だった。教授は、人がコミュニケーションをする時に話し手の交代時に見られる間合いを分析し、幾つかのスタイルに分類して、国によってスタイルはさまざまであることを指摘していた。

クラスの授業を考えてみると、それは確かなことだ。ずっとべらべらと話す人もいれば、あまり発言しない人もいる。南アメリカから来た学生は何でもかんでも話すから、時々みんなはうるさいなとも思っていた。この講義を聞くと、こんな時こそ異文化理解が必要だろうと思った。
しかし、やはり違う文化を持つ人が同じテーブルに座って話し合いをするのを想像すると、摩擦が生ずる可能性は高いだろうとつくづく思った。だが、オーストラリアでは85%の職場で、4つ以上の国の人が一緒に働いている。そして、28%の職場では、11カ国以上の人が一緒に働いているという。この多文化主義のオーストラリアには、私はとても興味を感じた。

オーストラリアの文化を知る

私がオーストラリア留学計画を作成した時のもう1つの活動テーマは、オーストラリアの文化を知ることだった。語学学校の2人の先生が何とカナダとイギリスからの移民で、ホストマザーがポーランドからの移民だった。街を歩いても、アジア人やイタリア人の顔をしている人がたくさんいる。本当のオーストラリア人はどこにいるのだろうとも思った。
オーストラリアの友達を作ろうと思って、シドニー大学のディスカッショングループに参加した。大学が始まってからでないと参加出来ないため、私は2回しか行くことが出来なかったが、とても良い経験が出来た。
初めて行った時に、アジア人の顔をしている何人かのグループリーダーがいた。多文化主義にあまり慣れていない私は、彼らを留学生と間違えて、完ぺきな英語を話しているなと驚いた。
私は1人のリーダーに話し掛けた。彼女はベトナム人と中国人のハーフで、おじいさんの世代からオーストラリアに移民として来た。親しみがいっそうわいてきて、色々と気軽に話が出来た。家ではベトナム料理や中華料理を食べるが、彼女はベトナムにも中国にも行ったことがなく、「アジアに行ってみたいな」と嘆いた。ほかのリーダーたちも彼女と同様オーストラリアで生まれ育ったアジア系の人だった。
2回目に行った時に、韓国からの留学生、ミナという友達と知り合った。彼女は1人のオーストラリアの友達Maryを連れてきた。私は自分が習った片言の韓国語でミナに自己紹介をすると、Maryが私に流ちょうな韓国語を話してきた。その時は本当に驚いた。
後で知ったが、Maryの専攻分野は韓国社会だ。流ちょうな韓国語を話せるうえ、私が興味を持っている韓国の芸能人、韓国の歴史、時には中国の歴史についてとても詳しく知っている。私は脱帽せざるを得なかった。こんなにアジアに興味を持ってくれる人を見ると、とてもうれしかった。

後で私たちの話に入ってきたのはもう1人のオーストラリアの友達Glenだった。私が彼に自己紹介し、自分は中国の吉林省出身と言ったら、彼は流ちょうな中国語で「東北人?」と聞いてきた。私はあきれ返って物も言えなくなった。なんて素晴らしい中国語を話し、中国のことを熟知している人だ。彼は1988年に中国に留学したという。今もよく中国語のニュースをラジオで聞いている。彼は日本についてもよく知っている。
彼の本名はGlen Winesで、中国語でGlenは谷という意味で、Winesを音訳すると韦(ウエイ)になり、自分の中国語の名前は韦小谷、そして日本語の名前は小谷と自称した。彼らとたくさんの面白い話が出来た。このディスカッショングループに参加して、本当に良い仲間が出来たなと思うと同時に、オーストラリアについてもたくさん分かってきた。
また、私は友達とシドニーの最大の集まり、Mardi Gras、つまりGay and Lesbianのパレードに行った。さすが最大の集まりで、開始の3時間も前に行ったが、やはり1番前で見ることが出来なかった。私は後ろに立っていて、カメラを上げるだけで、パレードをほとんど見ることが出来なかったが、お祭り気分のgay and lesbianのパレードはとても盛り上がっていた。
1番印象的なのは、“You’re not the only gay in the village”という看板だった。gay とlesbianはオーストラリアで普通に受け入れられているのかなと疑問に思った。ホストマザーや友達と話してみると、アジアよりオーストラリアの方が彼らのことを受け入れやすいと感じた。オーストラリアのバラエティーをする有名人は自分がgayであることを公開しているが、相変わらず人気が高いらしい。このMardi Grasに参加したことも面白い経験になった。
オーストラリアで困ったことはお店が5時くらいに閉まることだ。日本や中国の生活に慣れていて、5、6時にお店が閉まるのは不便なことだった。ある日SJに苦情を言うと、SJはその理由を教えてくれた。「オーストラリアでは、みんなが家族と一緒にいる時間があるように、店などが早く閉まり、退勤時間も早いのだ」と。なるほどと思った。

日本では「ゆとりがない」などの苦情は時々あるが、それは自分の時間があまりないからであろう。でもお店が5時くらいに閉まるような日本もあまり考えられないと思った。
さまざまな経験を通じて、私が最も強く感じたオーストラリア文化はオーストラリアにおける多文化主義の豊かさだった。これらの経験を通じて、何となくオーストラリアの文化を体験することが出来た気がした。

クラスメートとの交流&シドニーを楽しむ

今回の留学の想定外の成果はたくさんの国から来た友達が出来たことだった。全然違う国から来た人の集まりだったから、最初はどう話せば良いか戸惑いはあったが、1週間たつと、みんなは親しい親友となった。ステレオタイプの冗談も気軽に言えて、とても楽しい時間を過ごせた。この素晴らしい交流のチャンスはもちろん見逃せない。みんなは一緒にお昼を食べ、午後は遊びにいった。

オーストラリアといえば、自然を楽しめることでよく知られている。カンガルーやコアラなどの動物はもちろん、すてきなビーチやシドニーの世界遺産The Blue Mountainsなども見過ごせない。ビーチやさまざまな観光スポットは私たちの交流する場になっていた。私たちは世間話をしたり各国のチップの仕方や飲み文化、時には政治や経済について話していた。
その中、20歳のサウジアラビアの友達が「今年は帰って、お母さんが探した4人の女の子と結婚しないといけない」と言ったことは1番びっくりした。でも彼の国ではそれは普通のことだという。メキシコの友達は「みんなと交流が出来て、違う地域から来た人は違う英語の話し方があって、それに慣れることも大事だな」と言った。全然そういうことを考えたことのない私も彼の言ったことに同感した。
スイスの友達は「英語のnativeじゃない人と話すと、その人がする間違いを自分もしちゃう」と言った。しかしnativeとたくさん話すことはもちろん重要だが、英語を勉強するのは、同じように英語を勉強している人とコミュニケーションするためでもあるから、色々な人と積極的に英語で話をするのは大切なことだと思った。私たちは完ぺきな英語を話せないが、すてきな友達が出来たのだ。
私はクラスのほかの人たちより1週間早く帰るから、クラスの仲間全員でお別れパーティーをしてくれた。まだ知り合って4週間だったのに、別れた時は悲しかった。「あなたがメキシコに来たら、メキシコはあなたの家だよ」とか、「30年後に会っても、私たちは友達だよ」などの温かい言葉を言ってくれた。こんな遠い国でこんな素晴らしい友人が出来、大切な経験が出来たことは、本当に幸せだった。

終わりに

今回の留学を通じて学んだことは数え切れないほどありました。毎日英語漬けの生活を送り努力した結果、語学力の向上は実現出来ました。そして、これからはどうすれば英語力をもっと上げることが出来るかについてもたくさんのアドバイスをもらいました。また、自分で活動プランを立て、準備段階でそれを練り上げ、自信を持ってその活動を実行するという良い経験が出来ました。それは自分の企画力を鍛え、もっとさまざまなことに挑戦する自信をくれました。
更に、多くの友人が出来て、世界との接点も多様になったと感じました。それは文化の壁を越え、国際人になる第1歩だと思います。
これらのことを出来たのは「やる気応援奨学金」のおかげだとつくづく思っています。後輩たちにも、この素晴らしい制度を利用して良い経験をしてもらいたいと思います。
私がこの留学をやり遂げるためには、法学部リソースセンターの多くの先生方、先輩方の御協力を頂きました。最後に、ヘッセ先生、バーフィールド先生、三枝先生を始めとする先生方、先輩の冨名腰さん、そのほかたくさんの方々、本当にありがとうございました。

草のみどり 197号掲載(2006年7月号)

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