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法学部
【活動レポート】奥富 恵美子 (2001年入学・国際企業関係法学科)

活動データ

  • インド・カルカッタのMissionary of Charity(通称・マザーハウス)でボランティア活動を行う。
  • 活動期間は2003年8月5日~8月27日。
    (Missionary of Charity:1950年にマザー・テレサによって設立された団体。通称を“マザー・ハウス”といい、様々な理由のため保護が必要となったカルカッタ市内の人々を収容・介護している。マザー・ハウスの関連施設は、シュシュ・ババン(孤児の家)、ニルマル・ヒルダイ(死を待つ人の家)などその保護対象別にいくつか存在し、各施設は市内に点在している。)

活動の概要

8月5日~13日

5日の深夜カルカッタの空港に到着。翌日6日にMissionary of Charityの本部(通称、マザーハウス)にてボランティア登録を行い、派遣先の施設がシュシュ・ババンに決まる。
7日は木曜日でボランティアがお休みのため、ホストファミリーとハウラー川(ガンジス川の支流)まで出かけ、沐浴をする人たちを見た後市内で両替を行い帰宅。
8日からボランティア開始。所属となったシュシュ・ババンにて朝8時から12時半までボランティア活動。終了後市内で食事を摂り帰宅。帰宅後はホストファミリーとのティー・タイムと夕飯の合間を縫って、近所のマーケット等を散策。8日から13日まで大体この様なサイクルで1日を過ごす。
ボランティアの主な仕事は、ベビー・ベットのベットメーキング、洗濯物干し、食事の世話、院内の掃除など。それ以外の時間は、ひたすら子供たちと遊ぶ。また、晴れた日は構内の小さな公園へ散歩に連れて行く。子供たちの年齢は大体1歳から4歳ぐらいまで。

8月14日~23日

14日はボランティアが休みなので、ハウラー駅の外国人用の鉄道オフィスでヴァラナシ行きの切符を購入。15日の日中はボランティアに行き、夜7時頃ハウラー駅を出発。寝台車に乗って、翌朝10時にヴァラナシの駅に到着。駅からオート・リキシャーに乗ってサルナートの日本寺へ、宿泊手続きを取り滞在開始。
お寺での生活は、朝6時からのお勤めに参加(30分くらい)、8時まで勉強(英語学習・ヒンドゥー教文献を読む等)し、8時過ぎくらいに朝食を摂る。その後は夕方の5時からのお勤めまでの空いた時間、サルナートを散策したり、ヴァラナシ市内を観光したりして過す。この期間ご近所の子供達・おじいちゃん等と友達になり、家に招かれるなどする。お勤めの後、夜の8時から夕飯で片付け終わった9時ごろには就寝という生活を送る。
お寺での滞在は当初3日間の予定だったが、カルカッタでのストの影響で滞在日数が1週間ほどに延びてしまった。22日の列車に乗り、翌日昼にカルカッタに戻る。

8月24日~8月27日

24日は早朝にマザーハウスでワンデー・パスを取得し、ニルマル・ヒルダイへ行く。8時から12時がボランティアの活動時間で、私がその日行った仕事は、朝食の配膳、重病患者・高齢者への食事介助、洗濯、怪我の処置(膿み取り、包帯・ガーゼの取替えなど)など。ボランティア終了後は、昼食を食べ、ホストマザーとマーケットへ行った。
25日は、シュシュでのボランティアに戻る。26日は荷造りをして空港に向かい、カルカッタの空港からシンガポール経由で帰国。27日成田到着。

活動の成果

(英語学習について)
インドは英語を補助公用語として位置づける国であるので、英語はどの州でも大概通じるのだが、今回の活動中関わった人の多くが英語教育を十分に受けられていない層だったこともあり、英語力を鍛えるという目的には正直沿わなかったように思う。とはいえ、ベンガリー訛りの英語とヒンディー訛りの英語を聞く機会も少なからずあり、インドの英語を経験できたことは良かった。

活動についての感想

今回の滞在中に、ある意味で一番ショックだった体験がある。カルカッタでのストのために切符の買い替えが必要になったため、サルナートからヴァラナシの駅へ行った時の事。帰りの市バスの中で、私は見知らぬインド人に怒られてしまった。その理由というのが、私の愛想が良すぎるからだ、ということだった。サルナートは仏教の聖地なので、観光客もいない訳ではないのだが、そう多くはない。しかも田舎とあって、あまり便利とは言えないサルナートに向かう市バスに乗っていた日本人は、もちろん私くらいなものだった。
私がバスに乗り込むと、よほど珍しいのかすぐに沢山のインド人に囲まれ質問攻めに。――名前は?仕事は?何を勉強している?何でインドに来た?
好奇心ももちろんあるのだろうが、隙があれば何かを騙し取ろうという雰囲気も無い訳ではなかった。私の持ち物を懐に隠そうとしたりもする。それでも私は(そんな時は無視するように、とホスト・マザーからきつく注意を受けていたにも関わらず)、彼らの質問に答えられる範囲で答え、なるべく失礼のない様に振舞った。騙そうとされるのはあまり好い気はしないが、それでも不思議と彼らを嫌いには思わなかったからだ。
しかし私を囲んでいた集団がバスから降りると、一連の私たちのやり取りを聞いていたらしい別のインド人の、ちょうど私と同じ年くらいの男の子に、私の対応があまりに無防備すぎると注意を受けてしまった。“Everybody cheat you in this country!!”と怒ったような顔で繰り返す彼に私はただただ驚いてしまい、「ありがとう、ごめんなさい。」としか返すことが出来なかった。
それまでにもインドでの生活の中で認識が甘いと怒られることは多々あり、「見知らぬひとへの「礼儀」等を気にするのはとても日本的で、そんな事を気にしたところでインドではまるで意味がない。ここはインドなのだから。」と、何度も注意されていた。しかしそれは知り合った日本人の人からであったり、ホストファミリーからであったりと「身内」からのもので、見知らぬインドの人から「インド人を信用するな」と言われたのは初めての体験だった。インド人自身が日本人の私にそんな事を言うという事実が、とてもショックであり、その経験以後自分の存在が少し恥ずかしく感じました。
日本のファミレスで、1時間働けば安くても700円稼げる。私がファミレスで深夜バイトをしていた時には、一晩で7000円くらいは稼いでいた。一方インドでは、職に就くこと自体が難しい。働き口があっても、重労働の結果稼げるお金は1日で300円もいかないような人が沢山いる。そんなインドで信じられない様な大金を払ってわざわざ外国まで来て、こぎれいな服をきて呑気にしている私に漠然とした憤りをストレートに表すインド人も少なからずいた。
あんなにショックだったのは、見知らぬ彼に注意を受けたという経験が、そのまま、豊かな国で暮らす私の甘さに対する指摘のようにも感じられたからだと思う。インドの人達の生きることへの、文字通り“Survive”することへの意志ほどの思いも努力もなく、ただ望むだけで外国にまで来る機会が与えられる私の存在が、とても申し訳なく思えた。そのことは、ボランティアをする中でも特に感じたことである。

今回の活動をどのように生かしていくか

今回のインド滞在中一貫して、私は対人運が良かったと思う。人との出会いをこんなに感謝しながら過ごしたのは、これがはじめてかも知れない。ホストファミリーのお母さんとお父さんに始まり、ボランティアで知り合った人達、お寺で働いていた人たちも。沢山の人と友達になった。
彼らから学んだことの中から、新しく興味を持ち始めたことがある。それは日本の教育、中でも“子育て”についてである。何故そんな風に考えるようになったのかというと、シュシュで出会った子供たちと、そこでのボランティア仲間だった日本人の小学校の先生から得た影響が大きかったからだと思う。
シュシュの子供たちはいつも、愛情を得ることに必死で、少しでも気を引こうと一生懸命だった。ボランティアを殴ってみたり、他の子をいじめてみたり。いつもどこか愛情を確かめようとしているように見えた。愛情に関して敏感なせいか、自分たちへの関心が薄いボランティアには都合の良いときだけ遊んでもらい、あまり言うことを聞かない反面たとえひどく怒られようとも、心から向き合おうとするボランティアには不思議と子供たちが集まってくる。その一方で、サルナートの貧しい家の子供たちのもつ強さや明るさに触れると、ご飯に困ることもなくおもちゃも与えられるシュシュの子等よりも殆ど家もない貧しさの中でも家族と生きる子供たちの方が幸せな様に思えた。もちろん、どちらがどうと比較出来るものではないのだろうと思う。それでも、家族の存在の大切さが身にしみてわかる経験だった。

日本人の先生からは、驚くような話を沢山聞いた。おんぶの仕方がわからない子。冬の北海道の寒さの中、外に締め出された子。子供との関わり方が良くわからないお母さんたち。その先生は、何度父兄と喧嘩になったかわからないと言っていた。思えば私の周りにも両親と上手く関係が作れなかったり、愛情の受け方・返し方が上手に出来なかったりする子供たちが少なからずいたように思う。私自身、自分の子ではないにしろ、シュシュの子供たちへ愛情を伝えるのは本当に難しく(結果、成功していたと信じたい)、それを1日24時間、何十年を続けて行けるのかと思うと正直難しい。先生の話と、私の経験と。両方を繋ぎ合わせていくと、日本の子供たちの問題はシュシュの子等が抱える問題とよく似ている様に思えた。
一般に市場経済が普及した影響から、日本社会はゲゼルシャフト化が進み地縁・血縁といった先天的な人との繋がりが薄れていると言われる。私の個人的な意見として、現時点で日本人の多くがゲゼルシャフト的な対人関係の形成にあまり長けていないと思える。
それは各個人が、確固とした自身の価値観やアイデンティティを持てないことと関係があると思う。それらの自分のベースとなる価値観を形作る最初の段階として、家族とのコミュニケーションが非常に重要な位置を占めてくるのではないか。インドで得た出会いと経験から、以上のようなことを考えるようになりました。(まだ仮定に過ぎませんが)ここで得た問題意識を、今後の進路決定に役立てていきたいと思います。

後輩達へのアドバイス

今回私が活動から得たものは、実質的な将来へ繋がるスキルというよりは、世界やそこに存在する様々な問題に対する、私なりのスタンスが形成できたことにあると思っています。それは、前述のいくつかの項目を読んで頂ければわかるかと思います。ですから、ここでのアドバイスはもっと実際的なことを学びたい人には的外れになるのかも知れません。
これは私なりのひとつの答えですが、自己表現の形は無限にあるのだと思います。そして、学ぶ形もひとつではないのだと思います。インドでの小さなコミュニケーションや、体験の全てが私の糧となりました。沢山の人と出会い、色々な経験をして、それこそ自分の価値観を何度も覆されるような体験の中で、私は自身の可能性に対する明確な自信を持つことが出来るようになりました。インドに行って、本当に良かったと思っています。
どんな意味があるのか、何を得たいのかを検討することはもちろん大切なことですが、やってみたい、もっと知りたいそういった気持ちが少しでもあるのなら、迷わずに行動してみて下さい。失敗し、恥ずかしい思いをしてでも得るべきものがあるはずです。

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