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商学部
中国語 展开膀,飞向世界!

熱烈歓迎 これからはアジアの言語、中国語を!

どこで話されていることば?

日本で日本人が日常的に使っていることばを日本語とすると、中国語とはあの広い中国で13億余の中国人が普通に使っていることばのことといえます。その中国語は、実は一つではありません。人口の9 割以上を占める漢民族のほかに、チベット族、ウイグル族、朝鮮族、モンゴル族、ミャオ族など55 の少数民族が存在し、それぞれ独自のことばをもっています。なーんだ、55 の民族といっても全体の1 割弱か、とバカにしてはいけません。何しろ13 億余の1割弱ですから、優に日本の人口に匹敵します。つまり、中国は多民族国家であり、これらの少数民族も中国人ですから、少数民族の使うことばも中国語ということになるのですね。とすると、中国語というのは、やや正確さに欠ける言い方ということになります。われわれが普通に中国語といっているのは、13 億余のほとんどを占める漢民族が話すことばという意味で、漢語というのが正しい言い方です。でも、実はいくつかムズカシイ問題が含まれているのです。詳しくは先生に尋ねてみましょう。

日本語・英語とはどんな関係?

ここでは、西洋のことばがどのように中国語に表記されているか、を見てみましょう。例えば、サッカー、ベースボール、マラソンなどのスポーツ用語、コンビニ、スターバックス、パソコン、アメリカのオバマ大統領、などは中国語でどう表記されているのでしょう。

日本語は実に重宝なことばで、漢字のほかにカタ仮名とひら仮名があり、外来語は似た音をそのままカタ仮名で表記すれば事足りますね。ところが、中国語は漢字しかありません。 漢字だけでどのように表記するか、実はこれ、日本の企業が中国に進出する場合も、とても重要な戦略になっています。上にあげたカタカナの語は、中国語では以下のように表記されています:

サッカー = 足球   ベースボール  = 棒球   マラソン = 马拉松
コンビニ = 便利店  スターバックス = 星巴克  パソコン = 电脑
オバマ  = 奥巴马(「欧巴马」という表記もある

「サッカー」は足を使うスポーツですから、単刀直入に意味をとって名付けたわけです。「ベースボール」は、バットを用いる球技だとみた意訳でしょう。「マラソン」は中国語の発音では〈mǎlāsōng:マラソン〉とよみます。つまり、これは意味は無視した音訳といえますね。「コンビニ」はconvenience store、つまり便利な店ですから、意訳です。「パソコン」はpersonal computer ですから、電気の頭脳と訳したのはなかなかうまい意訳といえます。人名と地名は、多くが音訳で表記されます。"奥巴马"は〈Àobāmǎ:オバマ〉と読み、これは完全に音訳です

日本人の場合は、同じ漢字を有しているせいか、例外なくすべて音読みされています。たとえば、安倍は〈Ānbèi:アンペイ〉と呼ばれます。固有名詞を勝手に自国の読み方ですませるのは、いかにも中国人の尊大ぶりが見え隠れしていかがなものか、と思いますか?でも、日本人も中国の人名や地名を音読して平気な顔をしているので、オアイコです。固有名詞は本来、その現地音に近似した音で表記すべきで、最近は芸能関係の人名は、「リンチーリン("林志玲")」、「チャンツーイー("章子怡")」などと、なるべく忠実に表記しようとする傾向がありますね。これは日本語にカタ仮名があるために容易にできることです。漢字ばかりの中国語では、日本の人名地名を現地音読みに近づけて表記するのは難しいでしょう。もっとも、「カラオケ」("卡拉OK"〈kǎlā OK〉)のように漢字の中に突如アルファベットが混ざる例もあります。

音と文字

中国語(普通話)は、少し発音が面倒です。面倒だと感じるのは、日本語にはない音があり、また、日本語では区別しない音を区別するためです。その反面、漢字をみると意味が分かることもあるために、この面倒な発音の修得を疎かにすることが多いのです。

日本人が面倒だと感じるポイントは、まず、母音(これを韻母といいます)の種類が多く、伸ばした母音の高低の調べが4 種もあることです(これを声調といいます)。FOUR TONESですね。4 種あるので、四声(しせい)ともいいます。

次に、21 個ある子音(これを声母といいます)です。中国語には濁音がない代わりに、発音する際一気に息を強く吐き出す音(有気音といいます)と、そうではない音(無気音といいます)の区別があります。子音のもう一つの特徴は、そり舌の音が4 種類あることです。日本語にはないこれらの発音がうまくできずにうろたえる人がいます。中にはもういいや、単位さえとれれば、などと半ば投げ出す人がでてきますが、なーに、13 億の民が話しているのです。できないわけがありません。

ところで、現在使われている中国の漢字は、我々日本人に馴染みのないものがかなりあります。でも、これは簡体字といって、いかにして効率よく共通語を全国に普及させるかという一点から考案された漢字ですから、それほど覚えづらいものでもありません。

こんな話があります。初めて中国を訪れた日本人が、飛行機を「飞机」と書くことを知って「ははあ、飞は飛の略字だな、なるほど、飛行機のことを中国人は飛ぶ机と言うわけだな」と納得したというのです。「飞」は確かに「飛」の簡体字ですが、「机」は「機」の簡体字です。「幾」の簡体字が「几」であることを知っていれば、「飞机」は飛ぶ機械のことだなと分かるでしょう。おまけに、「机」も「几」も発音が同じなのです。飛んで行く機械とする日本語と考え方は同じですね。簡体字には幾つかのパターンがあります:

なお、この簡体字は略字やくずし字とは違い、正式な文字なので、簡体字で学ぶことになります。

日本人にとって学びやすい点/学びにくい点

中国語が日本人にとって学びやすいのは、日本語でも漢字を使っているからです。同じ漢字文化圏であるベトナムや韓国・北朝鮮は、現在では基本的に漢字を使っていません。日本語のように固有語(日本ではやまと言葉)と漢語の両方あるにもかかわらず、文字としての漢字は使っていないのです。どうしてなのか、これは歴史をひも解かなければなりません。実に興味ぶかい問題です。

「学生」という漢字の単語は、日本語ではふつう「大学生」を指しますね。でも中国語では「小学生」から「大学生」までの総称として使います。では「水」はどうでしょう。「水を飲む」と「喝水(hē shuǐ)」を比較すると、日本語では文字通りの意味ですが、中国語の場合は白湯かもしれないし、お茶かもしれません。さらにジュースやコーヒーかもしれないのです。つまり「喝水」の「水」は「飲み物」ということです。

大まかにいうと、日常生活で用いる漢字の単語は日中同形語が少なく、抽象的な意味をもつ単語になると、日中同形語が多くなります。たとえば、「经济、哲学、概念、干部(幹部)、干线(幹線)、纲领、广场、场合、广告、社会、劳动、组织」などの単語は意味がわかりますね。日中間の語彙交流は千年以上にわたって中国から日本に輸入していましたが、19 世紀末になり変化がおきました。日清戦争後の翌年から中国人の日本留学がはじまり、20 世紀になると日本語の語彙が中国語に逆流する現象がおきたのです。それを裏付けているのが上にあげた語彙なのです。

いまはさすがに「日本語と中国語は同文同種だ」という人はいないでしょう。でも筆談すれば通じる、と思っている人がいるかもしれません。これも俗説です。中国語をあくまでも外国語の一つとして学ぶ姿勢が大切です。日本語として、漢字を使っているのは有利な点ですが、逆にそれが落とし穴になることもあるのです。

中国語は複雑な発音と声調が組み合わさった言語なので、何よりもまず、正しい発音の習得が大切です。「上手な発音」ではなく、「正しい発音」が不可欠です。でないと意味が通じません。高く平らにマーと発音すると「お母さん("妈"mā)」という意味になり、低くおさえてマーといいつつ、その緊張を解くと「馬("马"mǎ)」ということになります。どんなにやさしいお母さんでも「mǎ」と呼ばれたら腹を立てることでしょう。

中国語豆知識

そもそも名字は、面倒臭くありませんか? 山本ではなく山さんだけで、鈴木ではなくスーさんだけでいいではないですか。そもそも名字は、必要ですか?「おーい、鈴木熊五郎 ! 」とやると落語はできません。たまに名字を変えたくなりませんか?「江の島太郎」とか「ピアノマン次郎」の気分の時もあるかもしれません。

「姓」は「生」まれた血筋ですが、今とは異なり女系祖先を表すので「女へん」が付き、「氏(うじ)」は、地名や職業、身分などから付けていました。その後、「姓」と「氏」が混同し、あわせて名字となったわけです。日本人は二文字以上の複字姓が多いのですが、中国では一字姓がほとんどです。「張王李趙」とは四つの名字ではなく、「普通の人々」という意味になります。中国では最もありふれた姓だからです。荻生徂徠は、物茂卿とも名のりました。物部氏の系譜を自慢しようとしても「物部」では複字姓です。中国チックではないので「物」としたわけです。

みなさんも自己紹介する時は、「我 姓 张(張)本,叫 张本 望」(わたしの名字は張本です、フルネームは『ハリモト のぞみ』です)などと言い、どこまでが名字かを示すことになります。フロントで『チョウ ほんもう』さんは予約にございません」といわれかねないからです。

最近のトピック 「残さず食べきろう!運動―光盤行動」

日本人は出された料理は残さないことが美徳とされています。中国の人々も普段の生活は質素で、家族で外食をしても食事を残すことはほとんどありませんが、客を招いて食事をごちそうする時は違います。お客さんに満足してもらうためにできるだけたくさん料理を頼んで、お客さんにしっかり食べてもらいたいという気持ちと、招く側の気前のよさを表すのです。これは「面子(メンツ)」を重んじる中国の文化と深い関係があります。お客さんに食べきれないほどたくさんのごちそうを出す事がもてなしだとされているので、招かれる側も全部食べてしまうと失礼にあたるとされていました。それで、豪華な宴会であればあるほど、必ず食べ残しが出ていました。中国の宴会が終わった後のテーブルには、たくさんの料理が残されています。中国農業大学の試算では、中国全土の宴会の食べ残し量は約2億人分の食料1 年間の食事量に匹敵する2000 億元(およそ3.3 兆円、2014 年6 月現在)にも上るそうです。

このような「食べ残し文化」の中国で、2013 年1 月以降、注文した料理を残さず食べる運動が流行しています。ネットユーザーが発案したとされ、中国版ツイッター「微博(ウェイポー)」を通じて瞬く間に全国に広がりました。2 月18 日の中国日報(電子版)によると、転送も含めて微博にアップされた件数は、1 月21 日の198 万件から25 日には5180 万件に達し、24 日には国営新華社通信が「中国式"剰宴(食べ残し宴会)"を拒否 ネットユーザーが完食運動を発動」と題する記事を配信しました。さらに新華社は28 日、共産党の習近平総書記が「飲食の浪費現象は心が痛む」として、党と政府の幹部に「率先垂範して公費での浪費を根絶せよ」と指示したと報じました。

今や贅を尽くした盛大な宴会による接待は時代遅れで愚かな行為だという方向に世論が盛り上がっているのです。節約型の食生活はエコなライフスタイルとして環境保護にもつながり、世界に通じる価値観ですから、これも時代の流れでしょう。中国のネットでは食べ終わった空の皿を接写した写真や食べ終わった皿を持った自分の写真を「食べきったよ!」などとコメントを付けてアップするのが流行しています。

写真:minqi.china.com.cn より

ところでこの「光盤」という言葉、以前は「光ディスクoptical disk」を指しましたが、この場合は「皿を(食べ物を残さないで)きれいにする」という意味になっています。「光」という字には「光波」だけでなく、「むきだしにする、あらわにする」という使い方もあり、ここはその意味を持たせているのです。中国語ってとても面白いですね!