広報・広聴活動

単元素準結晶の3次元構造の作製に成功

2013年12月02日

【発表者】
野澤和生 中央大学理工学部物理学科 助教
石井靖 中央大学理工学部物理学科 教授
下田正彦 (独)物質・材料研究機構 主席研究員
蔡安邦 東北大学多元物質科学研究所 教授

【発表のポイント】
・既存の準結晶基板上で鉛を結晶成長させ、単一元素からなる準結晶の3次元構造を作製することに世界で初めて成功
・準周期構造の形成過程やその安定化メカニズムの解明、準周期構造がもたらす新しい物性の発見など、基礎、応用両面に期待
・実験条件の最適化によって、単元素準結晶の実現に繋がる期待も

【概要】
 中央大学理工学部物理学科 助教 野澤 和生、教授 石井 靖、(独)物質・材料研究機構 主席研究員 下田 正彦、東北大学多元物質科学研究所 教授 蔡 安邦らは、英国リバプール大学のH. R. Sharma 講師らと共同で、単一元素からなる準結晶の3次元構造を作製する事に世界で初めて成功しました。
 準結晶とは、1984年にD. Shechtman 博士(2011年ノーベル化学賞受賞)らによって発見された物質で、現在では100種類以上の合金系や高分子、ナノ粒子系などで見出されていますが、単一の元素からなる準結晶は見つかっていません。準結晶は、通常の周期結晶には見られない5角形や10角形の原子配列からなり、黄金比とも密接に関係する「準周期」と呼ばれる美しい結晶構造(参考図参照)が特徴ですが、その結晶構造と化学組成の複雑性のため、準周期構造が安定化するメカニズムや、その特殊な結晶構造を反映した新しい性質など、未だ多くの部分が謎に包まれたままです。こうした理由から、化学的に単純な「1つの元素からなる」準結晶の探索が長らく続けられてきました。今回、共同研究グループは、既存の銀(Ag)-インジウム(In)-イッテルビウム(Yb)合金の準結晶基板上に鉛原子を蒸着させる事によって、基板準結晶の構造を模した「準周期構造の鉛」を結晶成長させることに成功しました。 これまで同様の手法で1 原子層(2次元)の単元素準周期膜を実現した報告はありましたが、複数の原子層(3次元)からなる単元素準周期構造の作製に成功した例はありませんでした。今回の結果は単元素準結晶の実現に向けた大きな一歩であるとともに、今後、周期結晶にはない準周期構造特有の物性の発見や、準周期構造の発現メカニズムの解明など、様々な方面の進展に繋がる期待がもたれます。

【発表雑誌】
Nature Communications, 4, 2715(2013), DOI: 10.1038/ncomms3715,
11月4日に掲載

【研究内容】
 準結晶研究における最大の困難は、周期的でない結晶構造の複雑さです。しかも、多くの準結晶は3つ以上の元素からなる合金であり、その化学的な複雑性も準結晶の理解を困難にしている要因の一つです。2000年に発見された唯一の2元合金準結晶(Tsai型準結晶(注1)[1])では、構成元素が2つであるという化学的単純性を生かし、初めて準結晶の構造が決定されました[2]。本研究では、この唯一構造が決定されているTsai型準結晶の一つである3元合金準結晶Ag-In-Ybを基板として用いて、鉛の単元素準周期膜の作製を試みました。
 今回の研究では、電子線によって蒸発させた鉛を基板準結晶の表面上に吸着させることで基板の構造を模した鉛を結晶成長させました。Tsai型準結晶の構造は、図1に示すTsaiクラスタと呼ばれる多層原子クラスタを構成単位として理解されます。Tsaiクラスタを構成する各多面体の頂点にはAg, In, Ybの原子が位置していますが、このTsaiクラスタが3次元ペンローズタイル(注2)の格子点上に配置する事によって準結晶が構成されます。今回、走査型トンネル電子顕微鏡(注3)などの実験的手法と理論計算によって、準結晶基板上に吸着した鉛がTsaiクラスタを構成しながら結晶成長していることが確かめられました(図2)。図3は基板準結晶の結晶構造データから求めた、基板表面に垂直な方向の原子密度分布(a)と、(a)に示した範囲内の原子の位置(b-d)です。今回用いた基板表面ではYbが多く含まれる原子層が表面に出やすいことが先行研究によって明らかにされているため、Ybの原子密度が高い層を表面(z=0)と考えて基板準結晶の原子位置(図3b,c,dの球)と実験で観測された鉛の吸着位置(図3b,c,dの挿入図)を比較すると、双方に同じ大きさの5角形や10角形を見つける事ができます。これはつまり、鉛の吸着構造が基板準結晶の結晶構造と一致していることを意味しています。図3(a)の矢印で示した各原子層の末尾の数字はTsaiクラスタ(図1)の殻の番号を示しており、図3(a)と図3(b-d)を比較することによって、例えば(b)の5角形は第4殻の原子位置に吸着した鉛、(c)と(d)の構造は第3殻の原子位置に吸着した鉛によって形成されていることが分かります。
 2元合金準結晶の発見は、結晶構造の決定を可能にするなど準結晶の理解を大きく前進させました。本研究においても、基板準結晶の構造データの存在が、鉛の吸着構造の解明に決定的な役割を果たしました。今回作製に成功した単元素準結晶層はまだ非常に薄い膜ですが、2元準結晶よりも更に化学的に単純な系として、準結晶の安定性の起源の解明や、準周期構造を反映した新しい表面物性の発見に寄与するものと期待されます。また、今後、実験条件等を最適化することによって単元素「準結晶」が実現され、表面物性だけでなく結晶としての新奇な物性の発見につながる期待も持たれます。
 本研究の一部は文部科学省の科学研究費補助金(No. 22540335)の助成を受けて行われました。結晶構造の可視化にはVESTA[3]を使用しました。
(参考文献)
[1] A. P. Tsai, J. Q. Guo, E. Abe, H. Takakura, T. J. Sato, Nature 408, 537(2000).
[2] H. Takakura, C. P. Gómez, A. Yamamoto, M. de Boissieu, A. P. Tsai, Nature Matter. 6, 58(2006).
[3] K. Momma and F. Izumi, J. Appl. Crystallogr., 44, 1272-1276 (2011).

【お問い合わせ先】
(メールアドレスは、☆を@に変えて送信してください)

<研究に関すること>
野澤 和生 (ノザワ カズキ) 石井 靖 (イシイ ヤスシ)
中央大学理工学部物理学科 助教 中央大学理工学部物理学科 教授
TEL:03-3817-1779 FAX:03-3817-1792 TEL:03-3817-1742 FAX:03-3817-1792
E-mail: kazuki.nozawa☆gmail.com E-mail: ishii☆phys.chuo-u.ac.jp

下田 正彦 (シモダ マサヒコ) 蔡 安邦(サイ アンポウ)
(独)物質・材料研究機構 主席研究員 東北大学多元物質科学研究所 教授
TEL:029-859-2839 FAX:029-859-2801 TEL:022-217-5594 FAX:022-217-5723
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